「平沼騏一郎 検事総長、首相からA級戦犯へ」

 

昭和史関係の本を読んでいると、平沼騏一郎の名前は端々に出てきて、最も前面に出てくるのは、ドイツがソ連との間で突如として不可侵条約を締結し、日独伊三国同盟体制に冷水を浴びせかけられた状態に陥って、欧州の情勢は複雑怪奇とコメントして首相を辞任した場面です。

司法官出身であり、私自身の経歴と重複するところもあるので、前々から興味を感じてはいたのですが、この評伝が出たので、早速、読んでみました。史料に基づき丹念にその生涯を追っていて、読むのに少々くたびれましたが、読んで良かったと思える1冊でした。

通読して、まず感じたのは、平沼が、政官界の疑獄捜査で主導権を握りつつ検察権の強化へと進めた、今日の「検察官司法」とも評されるスタイルを形成した大元の立役者であったことでした。政治家として論じられる前に、そのような側面には大きく目が向けられる必要があるでしょう。

それとともに平沼は、国家主義団体である国本社を創設し、政官界、軍部と幅広い人脈を築きつつ、次第に、司法官から政界へと進出して首相にまで登り詰めていて、そういった政治家への歩みにも、司法官には異色なものがあり、興味深いものを感じました。

ただ、国本社の性格については、組織としての活動と、実際の平沼の思想(超国家主義的なものではなく西洋に対する東洋、日本の独自性を重視する比較的穏健なもの)には齟齬もあったようで、一時は会員が10万人に達したという国本社の実態には、さらに検討すべきものがあるように感じられました。

平沼の係累は、戦後も政界で活動して今に至っていて、それも含めて考えると、その息長い政治力には驚嘆すべきものがあります。国本社を足掛かりに政界へと飛躍していく手法には、現代のポピュリズムに通じるものも感じられ、様々な面で興味深い人物であると思いました。