「下山」「松川」は未解決=国鉄三大ミステリー事件

「下山」「松川」は未解決=国鉄三大ミステリー事件(時事通信) - Yahoo!ニュース

国鉄初代総裁の下山定則氏の遺体が見つかったのは、三鷹事件直前の49年7月6日。前日朝の出勤途中に行方が分からなくなり、6日未明、東京都足立区の線路上で、れき死体で発見された。
連合国軍総司令部GHQ)から迫られた国鉄労働組合員らの大量解雇に苦慮していたとされ、当初から自殺説、他殺説が入り交じった。大きな進展のないまま64年、殺人罪の時効が成立した。

三つの事件は、共産党員を公共機関や重要産業から追放する「レッドパージ」のはしりとされ、労働運動弾圧のために仕組まれた謀略との見方も強く残っている。

 元東京高検検事長を務めた藤永氏の著書

特捜検察の事件簿 (講談社現代新書)

特捜検察の事件簿 (講談社現代新書)

 

 の中で、下山事件当時、東京地検で主任検事だった布施氏(その後、検事総長)との会話が出ていて、布施氏が藤永氏に、下山事件について、被疑者が海外にいれば時効は成立していない、と述べる場面が出てきます。布施氏は、他殺説に立っていたとされていて、その発言はそれを裏付けるとともに、被疑者が(少なくとも一部は)海外にいる、と見ていたことを裏付けています。海外にいる被疑者、といえば、戦後、作家の鹿地亘を監禁していたキャノン機関のような、GHQや連合軍等の息のかかった組織、人物を想定していた可能性が高いでしょう。

記事では「時効が成立した」とされていますが、その意味で、時効は成立していない可能性があります。