「器物損壊に当たらない」イカタコウイルス作成者、無罪主張し結審

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110608/trl11060812340000-n1.htm

弁護側は最終弁論で、「パソコンのハードディスクは物理的に損壊されておらず、器物損壊罪は成立しない」として無罪を主張し、結審した。判決は7月20日に言い渡される。

この事件、私が副主任弁護人なのですが、器物損壊罪が成立しないということについては、下記のように主張しています。

器物損壊罪における損壊の対象は,他人の「物」であるところ,それは有体物を意味している。昭和62年の刑法一部改正により,電磁的記録,すなわち,「電子的方式,磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって,電子計算機による情報処理の用に供されるもの」(刑法7条の2)を保護の対象とする新たな犯罪構成要件が追加されたが,有体物と電磁的記録は,刑法上,厳然と区別されているのである。これは,改正の際に刑法258条(公用文書等毀棄罪)及び刑法259条(私用文書等毀棄罪)で,従来の保護対象に加えて「電磁的記録」が追加されたのに対し,刑法261条(器物損壊罪)では,電磁的記録が追加されなかったことや,電子計算機損壊等業務妨害罪(刑法234条の2)では,行為態様として「人の業務に使用する電子計算機を損壊し」とだけにはせず,敢えて「若しくはその用に供する電磁的記録を損壊」する場合を明記して電子計算機そのもの(有体物)と電磁的記録を区別していることからも明らかである。
上記のとおり,また,意見書で詳細に指摘されているように,ハードディスクの本来的効用は,検察官が言うところの「データ一般を繰り返して何度も記録し,使用できる」という点にあるところ,本件において,被告人の行為の結果としても,そのようなハードディスクの効用は害されておらず,所定の操作を施し購入時と同様の状態に戻すことにより上記のような本来的効用は何ら害されることなくハードディスクは利用可能となる。
たしかに,上記の刑法改正当時の議論の中では,立法担当者等により,楽曲や映像等のデータと一体のものとして販売されているテープやビデオにおいてデータを消去した場合に器物損壊罪が成立するとするものもあり,おそらく,検察官はそのような見解に依拠して,論告で強弁するように,ハードディスクが「特定のデータを記録し,そのデータを使用できるという点にも重要な意味があり,利用者が保存した特定のデータがそのままの内容で保存されず,再度利用できないのであれば,もはやハードディスクとしての用をなしていない。」とするものと思料されるが,これは,器物損壊罪の罪質を無視し,問題とすべき「本来の効用」を過度に拡張して,同罪が,刑法改正によっても敢えて処罰の対象としなかった電磁的記録の損壊を処罰しようと企図するものであり,到底許されない拡張解釈である。
過去の判例では,物の本来の効用が喪失されて器物損壊罪における「損壊」と認められた例として,例えば,食器に放尿する行為などがあるが,それは,その物が本来有し,備わっている効用が,物理的あるいは心理的に喪失されるから損壊とされているのであって,本件で問題となっているような行為態様や結果とは本質的に異なっている。
検察官は,器物損壊罪の条文上,損壊の手段・方法に制限はないとも強弁しているが,問題は,手段・方法という点にあるのではなく,本件で処罰されようとしているのが電磁的記録(有体物ではなく)の損壊行為であって,損壊したとされているハードディスクそのものの本来の効用は何ら失われていないという点にある。
以上から,本件において,本件不正プログラムを受信,実行させ,コンピュータ内蔵のハードディスクに記録されていたファイルを使用不能にするとともに,事後新たにハードディスク記録されるファイルも使用不能となる状態にしたという事実は,ハードディスクの効用を害したものとはいえず,したがって,ハードディスクを客体とする器物損壊罪の成立を認めることはできない。

ツイッターでつぶやいたり、スマートフォンの話をして喜んだりしているだけではなく、こういう仕事もしています、ということで紹介しておきました。