歩道橋事故3度目不起訴、地検説明は未明まで紛糾

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20060624p101.htm

質疑が続き、説明が終わったのは24日午前1時前。地検を出てきた遺族らは「疲れた」「カッカきている」と怒りの声をあげた。
二男の智仁ちゃん(当時2歳)を亡くした下村誠治さん(47)は、智仁ちゃんの遺骨の一部で作った模造ダイヤを身に着けていた。「遺族が納得できる十分な答えはなかった。再捜査では、元署長、元副署長の無罪を裏付ける証言ばかりを採用したのではないか。遺族に寄り添って捜査が尽くされていない」と、目にうっすら涙を浮かべた。さらに「『遺族とともに泣く検察』という言葉を取り下げてもらいたい」と厳しい口調で話した。

思い起こすと、私が、最初に検察官を志したのは、被害者とともに泣く検察、という姿勢に共感を覚えたということも大きかったと思います。当時の私は、まだ若く、今以上に未熟で、その後、刑事司法というものを、もっと深く見ることができるようにはなりましたが、当初の志というものが間違っていたとは今でも思っていませんし、法律家として日の当たる道を歩むことはできませんでしたが、最初に検察官という道を選択したことについて、今でも何ら後悔はしていません。
検察庁が、ここまで不起訴に固執する以上、証拠上、どうしても起訴できないという事情があるのかもしれませんが、被害者や遺族の方々が、ここまで検察庁に期待し、夜中の1時前まで、検察庁で起訴を求め、検察官に詰め寄る、という、その心情に深く思いを致してほしい、と思いました。