特捜検事の条件

繰り返し述べているように、私は検察庁ドロップアウトした人間なので、検事の適性は、とか、そういったことを語るというのは荷が重い。ただ、11年余り、ずっと捜査・公判の現場にはいたし、その間、東京地検特捜部が扱っている事件の応援をしたという程度の経験はあるので、コメント欄のご質問に対し、若干、述べておきたい。
特捜検事の条件を言えばきりがないが、優秀な検事としての条件を満たしていることは当然の前提として、以下の点は必須ではないかと思う。

1 知能犯に対する強い関心を持ち勉強する意欲があること
 特捜部で取り扱う事件は、贈収賄、横領、背任、選挙違反といった、いわゆる知能犯である。警察では、捜査2課が取り扱うようなジャンルの事件になる。こういった知能犯には、特有の問題点があるし、過去の裁判例も多い。このような種類の事件に興味を持ち、常に意欲的に勉強を続けられるようでないと、特捜検事は務まらないと思う。
2 証拠関係に基づいて「絵を描きながら」真相を解明できる能力があること
 特捜事件では、最初に、端緒をつかんだ時点では、断片的な証拠があるだけで、そういった証拠を眺めているだけでは、何もわからないのが普通である。そういった段階から、各種の背景事情等を総合しながら、「これが真相ではないか」「こういったストーリーになるのではないか」と、頭の中で思い描きながら(これが「絵を描く」ということである)、捜査の対象を広げて行く、広げながら不断に描いた絵を修正し強固なものにして行く、という高度な能力が、特捜検事には求められると思う。
 こういった能力が乏しいと、捜査の方向性が決まらないし、いつまでたっても絵が描けないままで、事件は伸びない。また、絵の描き方が間違っていると、捜査は迷走し、真相は解明できない。
 検事の中でも、こういった高度の能力を持っている人は多くはない。
3 強靱な体力、精神力に基づいて、被疑者等から自白を引き出せる高度な取り調べ能力があること
 何と言っても、強靱な体力、精神力は不可欠である。連日、深夜まで仕事をする、といったことは当たり前であるし、激務で、ストレスにも相当なものがある。そういったことで参っているようでは、特捜検事は務まらない。
 特捜事件では、供述証拠の重要性が極めて高いので、関係者から「自白」を引き出せるかどうかが勝負になることが多い。したがって、そういった自白を引き出せる高度な取り調べ能力が求められる。大声を出したり、机を叩いたり、といった底の浅い取り調べで、特捜事件で被疑者になるような、政治家、実業家、といった人々が簡単に自白するはずもなく、深みのある説得的な取り調べができなければならないと思う。

こういった能力は、検事になった当初から備わっているはずがなく、最初は、一般の刑事事件から入り、次第に難易度の高い事件を担当するようになり、そういった中で評価された検事が特捜部に入って仕事をしている、ということになる。
私の場合、そういった域に達することなくドロップアウトしてしまったが、やりがいのある仕事であることは間違いないので、意欲のある方々は挑戦してもらいたいものだと思う。