「これまでの検察・これからの検察」

今年の初めに、あるところで講演した際のもので、一部、既に本ブログで紹介したのですが、まとめてアップしておくことにします。

特捜検察は必要か

特捜検察は必要か

の中で述べていることと、共通する部分もありますので、興味と余裕のある方は、そちらもご覧ください。

第1 終戦までの検察及び終戦後の組織改編

1 終戦まで
 終戦までは、検察庁という独立した組織はなく、「検事局」が各裁判所に付置され(当時の裁判所構成法に基づく、現在の裁判所法)、検事は、判事(裁判官)とともに「司法官」として、司法省の下にあり、検事と判事は、任命資格が共通であり(高等文官試験司法科に合格後、司法官試補を経て任官)、俸給についても共通の俸給表に基づいて昇給し、相互の人事交流も頻繁に行われていた。
2 終戦
 終戦後、上記のような制度は大きく改革され、検察庁法(昭和22年制定・公布)に基づき、最高検察庁(その長が検事総長)を頂点とする独立した組織になり、検察庁法務省に属しつつも、単なる外局ではなく、「特別の機関」として位置づけられた。

第2 現行の検察制度の特徴

1 政治からの独立
 検察庁法14条により、法務大臣は、個々の事件については検事総長を具体的に指揮できるのみで、他の検察官に対する具体的指揮権を有しない。司法権に密接に関連する検察権行使が政治による不当な影響を受けないための規定とされている。戦後、この具体的指揮権が発動されたことは、1回しかないと言われている(昭和29年の造船疑獄事件の際の、佐藤栄作自由党幹事長の逮捕見合わせ)。
2 最高検察庁を頂点とする組織でありキャリアシステムが採用されていること
 諸外国では、検察官を選挙により選出する制度を採用する場合もあるが(アメリカの地方検事)、日本では、最高検察庁を頂点とする検察組織が検察権を統一的に行使する制度が採用され、検察官(検事及び副検事)についても、検事は司法試験に合格し司法修習を終了した者が任命され基本的には定年ないしその間際まで勤め上げるキャリアシステムになっている(副検事は組織内部から任用試験を経て任命されることが多い)。
3 公訴権の独占
 刑事事件について公訴を行うかどうかを決定する権限を、基本的に独占している。例外は、
a 公務員による職権濫用事件等につき裁判所の決定により裁判が開始される付審判事件
b 検察審査会の2回の起訴相当議決により起訴される事件
があり、特に、最近はbが注目されている。

第3 戦後の検察庁において特捜部が花形の地位を占めるに至った経緯

1 戦前から昭和30年代前半にかけて
 戦前には、「思想検事」、「経済検事」といった検事がいて、思想検事は、治安維持法違反事件等の思想事件(現在の公安事件)を取り扱い、経済検事は経済事件(現在の特捜事件)を取り扱っていた。
 戦後、思想検事の多くが公職追放になり、その一方で、昭和22年、東京地検で特捜部の前身である隠匿退蔵物資事件捜査部が発足し、その後、特捜部となって、昭和29年の造船疑獄事件で一躍脚光を浴び、昭和30年代前半までは、「公安検事」対「特捜検事」といった派閥抗争があったと言われている。
 それが顕在化したのが、昭和32年から昭和33年にかけての売春汚職事件で、ある政治家に対する誤報を掲載した全国紙の記者が名誉毀損罪により東京高検に逮捕されるという事件が起き、これは、後日、捜査情報の流出元をあぶり出すため検察庁から法務省に意図的に報告されたガセネタが、特捜検事系の法務省幹部により提供され、公安検事系の勢力が追い落としを図って立件したことが明らかになっている。
 その後、検察庁内で、特捜検事と公安検事の宥和が、人事上も図られるようになり、熾烈な派閥抗争は次第に沈静化し、派閥も解消されたと言われている。
2 昭和の終わり頃まで
 終戦直後のメーデー事件等、昭和20年代には、戦後の混乱を背景とした数々の公安事件が発生し、その後も、60年安保、70年安保など、大衆による大規模街頭事件が頻発し、公安検察は存在感を維持するとともに、主として公安畑を歩む公安検事がエリートとして存在していた。その一方、特捜検察も、ロッキード事件等、数々の著名事件を手掛け、検察庁における現場派(それに対するものとしては本省派、いわゆる「赤レンガ」)は、特捜検事か公安検事のいずれかのコースを歩む、というパターンが多かった。
3 昭和の終わり頃から現在まで
 昭和の終わりから平成初めにかけての頃より、東西冷戦構造が徐々に崩壊し、それに伴い、左翼勢力(特に警備・公安当局が極左と位置付けていた勢力)により起こされていた大衆による街頭事件、テロ・ゲリラ事件等が次第に影をひそめ、公安事件が激減するに至った。そういった状況の中、東京地検公安部も、平成7年から平成8年にかけては、オウム真理教関連事件で一定の存在感を示したものの、公安事件に専従する体制が変更され薬物事件や組織犯罪等を取り扱うようになり、全国の各地検の公安部も特別刑事部に改編されて、公安検察の地盤沈下、特捜検察への優秀な人材の集中が進み、検察組織内における特捜部の優位が確立した。
4 問題点
 上記のような、検察組織内における特捜部の優位確立には、実は、大きな問題が潜んでいた。公安捜査では、捜査対象が左翼、右翼といった人々で、特に左翼関係者は権力と厳しく対立する姿勢を露わにし、捜査においても刑事訴訟法を忠実に守りつつ進めるべき場面が多かった。それに対し、特捜捜査では、捜査対象がいわゆるホワイトカラーで社会的地位が高い場合が多く、経済人であるため公安事件のような思想性はない上、立件、起訴のために関係者の具体的、詳細な供述を要するため、無理に供述を求める傾向が昔から存在した。公安検事は、そういった特捜検事の手法には批判的な感覚を持ち、組織内で、一定のけん制、抑制を働かせる勢力という側面があったが、特捜検察の優位が確立する中で、そういったけん制、抑制が働かなくなったという面はある。
 また、特捜部的な捜査手法が、その問題点がおざなりにされたまま、過度に組織内に蔓延し、若手検事は特捜部配属を夢見て、そういった捜査手法に疑問を持つことなく染まっていったという面もあった。

第4 検察の威信が失われるようになった経緯

1 検察の威信を支えていたもの
 日本の刑事司法は検察官司法である、と言われるほど、従来、検察の力には強力なものがあったが、それを支えていたものは、
a 公訴権を独占しつつ、警察送致事件では警察捜査を補充する捜査を徹底して行い、また、独自捜査事件(特捜事件)では捜査当初から徹底した捜査を行って、密室での長時間の取調べにより、供述調書(検察官面前調書、公判で供述者が食い違う証言をした際、従来はほとんどの場合に証拠能力が認められ有罪認定に絶大な影響を与えていた)を綿密に作成していた
b 上記のような捜査に下、有罪獲得が確実な事件しか起訴しないという方針で起訴、不起訴を決定したため、裁判所による検察捜査に対する強い信頼を獲得し、極めて高い有罪率を維持できた
b ロッキード事件等により、「政治に強い」「巨悪に立ち向かう」検察というイメージを確立し、国民の大きな信頼を勝ち得て、捜査・公判を優位の中で進めやすい環境ができた
といった事情であったと思われる。
2 上記のような事情の変化
 しかしながら、aについては、内偵捜査に基づいて事件のストーリーを想定し、想定したストーリーに沿って関係者を取調べ、供述調書を切り取るようにして作成するという、特捜部型(知能犯型)の捜査手法が過度に蔓延したことや、国民の権利意識が高まり昔なら得られたような供述もなかなか得られなくなる中、立件、起訴を焦るあまり、違法・不当な取調べに走り、強引に、無理な供述調書を作成するということが頻繁に行われるようになって、検察官調書に強い疑問が呈されて無罪となる事件が徐々に増えてくるようになった。裁判員裁判が開始されたことで、詳細な供述調書を読み込んでの心証形成ができない裁判員のため、供述調書に依存せず公判での証言で立証すべき場面が増えたことも、検察官調書の影響力低下へとつながった。
bについても、そのような状況の中、裁判所も検察捜査に懐疑的な見方をする傾向が強まり、近時、無罪判決が増加する傾向が顕著となっている。
cについては、平成8年に行われた住宅金融専門会社(いわゆる住専)に対する捜査の頃から、「国策捜査」が問題になるようになり、平成10年代に入って、捜査対象となった関係者から、次々と、検察庁(特に特捜部)の、まずストーリーありき、といった偏頗な捜査に対する強い批判が加えられるようになって、無罪事件の増加等の状況も相まって、国民が、次第に検察に対し懐疑の目を向けるようになってきた。
 そういった状況の中で起きたのが、平成22年に大きく問題になった大阪地検特捜部の問題であった。

第5 大阪地検特捜部事件に現れた検察の問題点

 既に、様々な指摘がされているが、以下のような点が特に問題であろう。
1 捜査手法の行き詰まり、破綻
 郵便法違反事件に端を発し、厚労省局長も共犯とする有印公文書偽造等事件の立件、起訴にまで至ったものであるが、郵便法違反事件の捜査当時から、政界、官界への捜査進展が過度、過剰に目指されていたことが明らかになっている上、政界捜査が不発に終わったため、せめて官界へと功を焦った結果、描いたストーリーが、重要な証拠物であるフロッピーの内容と食い違ってしまったため、主任検事がフロッピーを改ざんするという「禁じ手」まで犯すという、本末転倒したことまで行ってしまっている。
 また、描いたストーリーに供述を合わせるため、密室で、長時間にわたり、怒鳴る、机をたたく、暴言を吐くなどの手法でストーリーに沿った供述調書作成が強要されることが常態化していた(そのようにして作成された供述調書の多くが、公判で証拠能力を否定された)。
 近時、「取調べの可視化」(取調べ状況の録画・録音)が、諸外国で進み、日本でも導入が強く提唱されている状況にあるが、取調べの可視化の必要性を、検察捜査が露呈する結果となった。
2 誤りが是正されず暴走に暴走を重ねる
 上記のような行き詰まり、破綻は、主任検事による証拠改ざん前の時点で既に明らかになっていたにもかかわらず、主任検事は、それを隠して上司や上級庁の決裁を得て、起訴に踏み切っており、チェック機能は何ら働いていない。証拠改ざん後、程なく、同僚検事が証拠改ざんを知ったが、その後の数か月間、上司へも報告されなかった。公判前整理手続が進む中で、大阪地検内部で問題が顕在化したが、証拠改ざんの重大性やストーリーの破綻に率直に目を向けることはされず、公訴取消による被告人の早期救済が検討されることもなく、ストーリーに固執した主張、立証が漫然と継続され、結局、無罪判決となった。
3 人の劣化や隠ぺい体質
 上記のような、証拠改ざん、同僚検事による放置、実態に即した適切な対応が講じられていないこと(特捜部長、副部長による犯人隠避行為があったかどうかには現時点で争いがあるが、主任検事による証拠改ざんを徹底的に解明せず公判への影響はないとしたこと自体が極めて不適切であろう)に見られる、人の劣化や隠ぺい体質(その背景には、限られた人々が、いわゆる「関西検察」として狭い範囲で異動を繰り返すことがある、という指摘もあるが、そのように矮小化はできないであろう)には、大阪地検特捜部特有の問題とは思えない、検察組織全体に通じるものが強く感じられる。

第6 これからの検察の在り方

 以上のような事情を踏まえ、これからの検察の在り方について考えてみる。
1 過度、過剰な特捜部優位状態の是正
 特捜部の存在意義は中央政界、官界の腐敗防止にあり贈収賄事件の摘発が特捜部に課せられた使命であると、検察庁内では長く信じられ、今なおそういった意識、感覚を根強く持つ特捜部関係者は多い。そこには、ロッキード事件で元首相まで逮捕、起訴したという、巨悪に立ち向かう検察というイメージ(幻想)がある。
 しかし、その後の政治情勢の変化や政治資金制度の変化(規制の厳格化)により、贈収賄で立件できる案件をなかなか見出しがたくなり、最近では、かつては顧みられることもなかった政治資金規正法違反といった案件まで、特捜部が総力を挙げて取り組むといった状況も生じている。
 かつては、5年、10年と特捜部に在籍する検事もいたが、最近は、1年、2年程度の在籍で異動する検事が多く(幹部も同様)、勢い、在籍中に目に見える結果を出したいと、功を焦る傾向が顕著で、そういった状態は、無理な捜査、立件へとつながりやすい。
 特捜部が取り扱うような、警察捜査では対応が困難なスペシャルな案件が存在するのは事実で、特捜部が担ってきた機能を消滅させる必要はないが、現在のような、過度、過剰な特捜部優位状態は異常であり、例えば、裁判員裁判、公安事件を取り扱うセクションに統合し、特捜部として無理に結果を出そうとする弊害を是正することも真剣に考慮される必要がある。
2 取調べの可視化
 密室での、長時間にわたる取調べの結果、内容に問題がある供述調書が作成され冤罪、誤判につながる危険性は繰り返し指摘され、今や、取調べの可視化を導入することは急務と言っても過言ではない。
 ただ、従来の捜査における真相解明が、時間をかけた取調べの中で人間関係を築きつつ具体的、詳細な供述を得ることに大きく依存してきた面もあり、取調べの可視化によりそういった機能が従来より低下すれば、刑事司法全体としての真相解明機能が低下する恐れはある。
 そういった点への対応のため、諸外国で導入されているような、刑事免責、司法取引等の新たな捜査手法の導入も、取調べの可視化を導入する際には避けては通れないであろう。
3 捜査手法の改革・捜査の司法化
 戦前の旧刑事訴訟法では、予審という制度があり、検察官による捜査の後、予審判事が予審を行い公判に付すべきかどうかを審査する制度があった。現在でも、諸外国で、予審や予備審問といった制度が導入されている場合が少なくない。
 戦後の現行刑事訴訟法下で、予審は廃止され、予審判事が持っていた機能のうち、取調べ権限は捜査機関へ移譲され、起訴すべきかどうかを決する権限は検察官が独占し、裁判所には、強制捜査につき令状審査を行うことで抑制する(令状主義)という機能が残った。
 このように、取調べや起訴権限自体が非司法化されて現在に至っているが、黙秘権を保障しつつ真相を解明するためには、取調べ、起訴にも、一定の範囲内で司法化する部分を生じさせ、裁判所の関与の下、適正な手続の中で供述を得た上で起訴、不起訴を決するという仕組も検討されるべきであろう。
 検察庁による独自捜査では、警察捜査(検察官がチェックする)と異なり、チェック機能が働かないことが、特に大阪地検特捜部事件を通じて強く指摘されるようになっているが、まずは検察庁による独自捜査事件から、上記のような措置を講じてみるというのも1つの方法であろう。

第7 おわりに

 一国の刑事司法の在り方は、その国の国民生活に大きく影響する。刑事司法制度が、一旦、劣化した場合、それを立て直すことには多大な時間と労力を要し、その過程で国民が苦しむことになる。
 その意味で、政治が果たすべき、期待される役割には大きなものがある、ということを、最後に指摘しておきたい。
以上