傷痕、体にも心にも次世代にも ルワンダ虐殺20年

http://www.asahi.com/articles/ASG455DW8G45UHBI00T.html

1994年にこの国で大虐殺が始まってから、7日で20年。多数派のフツ族と少数派のツチ族の対立で人道危機に国際社会の対応は遅れ、約100日の間に80万〜100万人が殺された。

紙面でもこの記事を読みましたが、以前、

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20050802#1122913649

でもコメントした映画「ホテル・ルワンダ」で見た悲惨な場面が脳裏に蘇ってきました。これだけの短期間にこれほどの犠牲者が出たのは、世界史上、最も悲惨な部類に入る虐殺ではないかと思います。
すさまじい暴力が善良な人々に襲いかかる時、それを緊急に止め得るのは、やはり、正しい意思にコントロールされた、より大きな、圧倒的な武力でしかないというのが現実でしょう。建前、形式論では、内政不干渉等と逃げることができても、それでは、ルワンダ虐殺のような悲劇は防止できません。先日、アウシュビッツへ行き、第2収容所であるビルケナウの、人々が家畜のように貨車に乗せられて通った門(その後「選別」が行われ次々とガス室へと送られた、その直前に通った門でした、映画「シンドラーのリスト」でも登場します)のそばに立って、当時、せめてこの門へと続く線路を徹底的に爆撃するとか、そういったことが行われていれば、アウシュビッツやビルケナウ、その他の収容所への人の移送が困難になって、人命の喪失をより少なくできたのではないかと痛感しました。収容所そのものを爆撃することで、たとえそれによる人命の損失が生じても、より多くの人命を救うことができたのではないかとも思いました。
戦乱、虐殺が絶えない世界で、そうした歯止めになるような制度をいかに設けるかを早急に検討し導入しなければならないと思いますが、残念ながら、日暮れて道遠し、というのも現実でしょう。