<NSC法案>衆院委で可決…政府、議事録作成に消極的

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131106-00000121-mai-pol

政府側が、議事録作成に消極的なのは、首相、外相、防衛相、官房長官による4者会合を中核とするNSCにおける議論では、外国から提供される機密情報を扱うことを想定しているためだ。政府が、外交機密などを漏えいした公務員に厳罰を科す特定秘密保護法案をNSC設置法案とセットと位置づけ、今国会中の成立を目指しているのもこのためだ。

政府筋が「議事録なんて作ったら自由な議論ができない」と語るように、政府内にNSC設置を機に議事録作成を始めようとの雰囲気は乏しいのが実態だ。

公の意思決定に参画する人間は、自分の発言に責任を持つべきで、「議事録なんて作ったら自由な議論ができない」程度の意識しかしか持てない人間は、公の意思決定に参画することなどやめて、その程度の意識の人たちで集まって他愛のない茶飲み話でもしているべきでしょうね。
省庁設置の審議会(「有識者」が集まっているはずの)でも、公開されている議事録を見ると、発言者の名前が伏せられていることがよくあります。発言者が誰か特定されることで、批判を受けたりすることが恐ろしいのだろうと思われますが、そういった空間で、小心者、無責任者が集って行われる議論は、後にきちんと検証されようもなく(上記の記事でも指摘されているように)、自由な議論というより無責任な放言を誘発しかねない、むしろ危険なものではないかと危惧されます。
日本的な意思決定は、アジア太平洋戦争に突入する際にも典型的に現れているように、特定の誰かが責任を持って決定するのではなく、得体のしれない「空気」が支配、作用する傾向があり、議事録すら作らない、無責任な意思決定プロセスが放置されるようでは、日本的な無責任さをますます助長することになりかねないでしょう。
NSCなどというものができても、その程度の無責任者の集まりであれば、そこに何を期待できるか、ということになってしまうと思います(私は「議事録なんて作ったら自由な議論ができない」程度の無責任者の集まりに何も期待していませんが)。