「おとり捜査」に協力し逮捕 男性が佐賀県相手に提訴

http://www.asahi.com/national/update/0307/SEB200803070009.html

最近、ある事件の関係で被害者側の代理人になり、この罪名で摘発できないか、と佐賀地検佐賀県警に働きかけていたのが、結局、それではやらない、ということになったのですが、上記の記事のような出来事を見ていると、頭を使ったり常識に則って事件処理をする、ということが不得手な警察なのかもしれません。
この事件の真相はよくわからないものの、記事で紹介されている経緯を見ると、様々な問題点を含んでいて、司法試験の問題に出してもよいのではないか、と思うくらいです。

訴状などによると、原さんは7月21日、中学時代の同級生で暴力団組員だった主犯格の男から呼び出され、他の男らと一緒に民家を下見。その後、男が強盗計画をほのめかしたという。23日には男に電話で目出し帽を買うように言われ、三つ購入した。
しかし原さんは、犯行を予定していた28日昼過ぎ、強盗をやめさせようと佐賀署に行き、刑事に計画を知らせたところ、「予定通りやってくれ」と言われたという。犯行に使われる予定だった軽乗用車からバールと目出し帽を取り出していたが、「のせておいてくれないと困る。証拠にならない」とも言われ、再び積み込んだという。
その後、主犯格の男を除く3人を車に乗せて同日午後3時ごろ、民家に到着。待ち構えていた警察官から任意同行を求められて佐賀署に連行され、29日未明、目出し帽を23日に購入した事案について強盗予備容疑で逮捕された。約20日間の勾留(こうりゅう)の後、8月17日に佐賀地検から不起訴処分(起訴猶予)とされ、釈放された。他の4人のうち成人の2人は起訴され、主犯格の男は実刑が確定している。
訴状で原さんは「少なくとも28日の件で共犯になることはあり得ない」と主張している。

この人が、28日の昼過ぎに警察へ通報した時点で、強盗予備罪については自首が成立している可能性が高いでしょう。同罪の中止犯については、判例はその成立を否定しますが、学説では肯定するのが多数説です。
問題は、その時点で、警察官から「予定通りやってくれ」と言われ、バールと目出し帽について、「のせておいてくれないと困る。証拠にならない」と言われた、という点ですが、構成要件上は、警察官側にも強盗予備罪の共同正犯が成立し得るように思います(山口厚・刑法総論第2版310ページに、予備罪の共同正犯を肯定した最高裁判例が紹介されています)。その場合、さらに問題になるのは違法性、正当業務行為の成否、一種の「おとり捜査」としての適法性でしょう。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20040714#p3
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20040714#p4
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20040716#p4

でコメントしたように、最高裁が、おとり捜査が許容される場合として示している要件はかなり厳格であり、上記の記事にある件で問題となったのが、最高裁判例が例示した「被害者のいない薬物犯罪」とは罪質が大きく異なることや、犯罪に不可欠と思われる人物を、犯行に使用するための用具共々、積極的に犯行に加担させることで、いわば、犯罪を作出したような結果になっている(上記の記事にある事実関係を前提とすれば、ですが)ことからも、捜査としての適法性が肯定されるのはかなり厳しいのではないか、という印象を受けます。
本件で、警察が介入した後は、通報者としては、強盗の実現可能性がないまま(捕まることは確実なので)、単に、使用されることはないバールや目出し帽を持って共犯者と行動をともにしているに過ぎなかった、として、その部分の強盗予備罪の成立を否定する、という評価も成り立ち得るように思います。そうすると、逮捕や勾留の必要性があったのか、ということや、犯人グループの一員として実名が発表された、といったことについて、適法性が問題になるのは自然の流れです。
警察官に予備罪の共同正犯が成立しない場合でも、犯人グループ全体の行為を、警察官として速やかに阻止できるのに(阻止すべき作為義務があるのに)、速やかに阻止しなかった(放置した)点で、予備罪の幇助犯が成立する余地があります。
警察の暗部、時と場合によっては犯罪を作り出してしまいかねない危険性、といったことを強く危惧させるものがあります