http://www.j-cast.com/2012/11/16154301.html?p=all
早大は、日本の一流と称される大学の中では群を抜く学生数と留年者数で有名だ。かつては校内で「中退一流・留年二流・卒業三流」という格言が公然とささやかれていた。最近でも、2010年のデータを見ると、約1割が留年をしているらしい。
私は、昭和58年に早稲田大学法学部に入学し、昭和61年に司法試験に合格して、昭和62年に同学部を卒業しましたが、当時の法学部は、ごく一部の講義、ゼミを除き、司法試験を目指す上ではレベルが低かったりいい加減な内容の講義等が多く、学部のおかげで司法試験に合格できた、という感覚は全然ないですね。法律の勉強は、「独学」を基本に、予備校や自主ゼミなど、利用できるものは徹底的に、貪欲に利用しまくる、ということを入学後間もなくから、徹底的に行なって、大学4年生の10月末には司法試験に合格していて、そういう経験があるので、上記のような記事を読んでも、大学なんかに期待はできないのではないか、という気が強くします。こういう学生生活を送った人間なので、たいしたサービスも提供してもらわないのに安くもない学費を徴収され、その上、なぜ卒業後に寄付までしなければならないのか、こちらが金を返してもらいたいくらいだ、といった気分があります(こういう早稲田大学OBは他にもいそうですが)。この辺が、慶応義塾大学の卒業生とはかなり違うところでしょう。
今の時代、少子化でもあり、少人数教育できめ細かく、先生があれこれと面倒を見てくれて至れり尽せり、という流れになるのは仕方がないのかもしれませんが、それは、私にとっての早稲田大学ではない、早稲田大学といえば、山のような人の群れの中に田舎者が放り込まれ、放置されつつ、もがき、苦しみ、どん底から歯を食いしばってはいあがって行く、そのためには留年しようが何をしようがとやかく言われる筋合いはない、そういう学びの場だ、ということを強烈に感じます。