ちょっと前になりますが、判例時報2097号154頁以下に掲載されていました。
事実関係はやや複雑ですが、ざっくり言うと、不動産に関する民事紛争の過程で、権原がないのに立入禁止等と記載した看板を建物に設置しようとした者に対し、正当な権原者である被告人が、それを阻止するため相手方の胸部等を両手で突いて転倒させた暴行行為について、最高裁が正当防衛の成立を認め、破棄自判して無罪としたものです。
最高裁の判決では、
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091006101816.pdf
本件の事実関係を踏まえ、
その行為は,被告人らの上記権利や業務,名誉に対する急迫不正の侵害に当たるというべきである。そして,被告人は,BがCに対して本件看板を渡そうとしたのに対し,これを阻止しようとして本件暴行に及び,Bを本件建物から遠ざける方向に押したのであるから,Bらによる上記侵害から被告人らの上記権利等を防衛するために本件暴行を行ったものと認められる。
さらに、
本件以前から継続的に被告人らの本件建物に対する権利等を実力で侵害する行為を繰り返しており,本件における上記不正の侵害はその一環をなすものである。一方,被告人とBとの間には同(6)のような体格差等があることや,同(5)のとおりBが後退して転倒したのは被告人の力のみによるものとは認め難いことなどからすれば,本件暴行の程度は軽微なものであったというべきである。
と、「不正の侵害」の執拗さや、それに対する暴行の程度が、体格差で劣る被告人によるものであり軽微なものであることにも言及した上で、
そうすると,本件暴行は,被告人らの主として財産的権利を防衛するためにBの身体の安全を侵害したものであることを考慮しても,いまだBらによる上記侵害に対する防衛手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。
以上によれば,本件暴行については,刑法36条1項の正当防衛として違法性が阻却されるから,これに正当防衛の成立を認めなかった原判決は,事実を誤認したか,同項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。
として、無罪という結論を導いています。
判例時報のコメントでも指摘されているように、身体に関する権利以外の防衛のための正当防衛は珍しく、最高裁が、そのような正当防衛を、「被告人らの主として財産的権利を防衛するためにBの身体の安全を侵害したものであることを考慮しても」としつつ、そのような正当防衛が相手方の身体の安全を害する態様で行われれば正当防衛の成立には自ずと限界があり、本件はあくまで、侵害の執拗性や暴行の軽微性故に成立する正当防衛であることを明示している点で、今後の参考になる判例と言えるように思います。
追記: