【長銀粉飾決算】責任と後悔…胸中複雑

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080719-00000076-san-soci

「無罪になって『よかったですね』とは言えない」。長銀の元役員は、元頭取の大野木克信被告(72)らへの複雑な心中を語った。破綻によって、多くの長銀行員が職を失った。失意の中で死を選んだ行員もいたという。破綻のつめ跡は、10年たったいまもなお残る。

徐々に歴史の彼方へ行ってしまっていますが、長銀と言えば、バブル崩壊までは、誰もが認める「優良」銀行であり、就職を希望する学生が続々と押し寄せ、優秀な人材が集まり、それがよもや破綻するとは思いもよらないことでした。しかし、バブル崩壊後、破綻して、関係者が法的責任を問われ、その中で、刑事責任も問題になったわけです。
刑事責任までは問えなかったからといって、他の責任までなくなる、というわけではもちろんなく、なぜ、あれだけの銀行が、あれほどの負債を抱え破綻してしまったのか、その原因がどこにあり誰が真の意味で責任を負うべきであったかは、今後も長く検討され貴重な教訓とされなければならないでしょう。
サブプライム問題を見ても、人間は性懲りもなく同じ過ちを繰り返すものである、という印象を持ちますが、我々は、できるだけ歴史に学ぶ賢者を目指さなければならない、と改めて思います。
某マスコミへのコメントが、マスコミ側の都合でボツになったので、ここに書き留めておきます。

東京地検検事の落合洋司弁護士の話 
世の中が大きく変わり、ルールが明確化されていない段階で刑事事件として立件した検察の判断の誤りが厳しく指摘された。ルールが見直される時に過去への批判が出るのは当然だが、刑事事件化は経済の実態を見て慎重に判断する必要があった。判決が指摘したように、大手18行のうち14行は長銀と同様の会計処理をしていたのだから、そもそも事件化は無理だったといわざるを得ない。