被害者供述の評価と事件全体から受ける心証

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060309#1141856951

でコメントした事件ですが、朝日の紙面のほうでは、さらに詳しく紹介されていて、無罪になった被告人は、待望のお子さんが生まれ、2歳になったばかりで、毎日、育児日記をつける毎日がこの事件により一変した、と、その苦難に満ちた生活が紹介されていました。
犯罪によっては、被害者供述の信用性が決め手になり、他に特段の証拠もなく、その点の信用性評価が有罪・無罪を決める、というものもあります。

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060312#1142125292

でも指摘したように、そういった事件では、特に慎重、適正な捜査が強く求められるところですが、加えて指摘したいのは、捜査官は、被疑者・被告人の人物像、パーソナリティ、といったものもよく見て、事件全体から受ける心証というものも軽視すべきではない、ということです。
毎日、育児日記をつけているから痴漢をするはずがない、とは即断できませんが、やっていない、身に覚えがない、と供述する被疑者がいた場合に、頭ごなしに嘘をついている、と決めつけるのではなく、日頃の生活状況、家族との関係、待望の子供が生まれ前向きに仕事に取り組んでいる状況、等々を、それなりにじっくりと聞いて行けば、この人物が、電車の中で痴漢をするような人間なのか、出来心で、ついやってしまうことがあるのか、といった点について、経験、能力がある捜査官であれば、心証がとれるはずです。そこで、この事件はどうもおかしいな、この被疑者が本当に犯人なのか疑問だ、という曇りを感じるところがあれば、形式上、証拠がそろっているように見えても、主任検察官であれば、思い切って不起訴にすることも検討すべきだと思います。
こういった能力は、司法試験に合格して司法修習を終えた程度では、到底身につきません。栄耀栄華とは無縁な、地をはうような地道な捜査活動を、くる日もくる日もこつこつと続ける中で、次第に身につくもので、そのような能力を身につけた捜査官は、国の宝と言っても過言ではないでしょう。
捜査官、検察官の方々には、単に、証拠がそろっているとか、辻褄が合っている、といった、表面的、形式的な点だけで物事を判断するのではなく、さらに奥深くまで入り込み、プロとしての心証をとって行くような、厚みのある捜査活動を行っていただきたいものだと、改めて強く感じました。

追記:

「無罪へ導いた妻の愛、痴漢えん罪男性激白」
http://newsflash.nifty.com/news/ts/ts__fuji_320060313025.htm

「ここで負けたらだめ。ちゃんと話せば分かってもらえるはず」
男性は強制わいせつ罪に問われ、東京地裁は懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役2年)の有罪判決を言い渡した。「執行猶予もついたし、これ以上戦えない」。精根尽き果てた夫。その背中を妻はそっと押した。

功名が辻」の山内一豊の妻を引き合いに出すまでもなく、妻(配偶者)の存在や助言には多大なものがある場合がある、ということでしょう。