「その人たち」には、私も入っているのか?

昨日、弁護士会の書店で、

治安復活の迪―私の警察論

を購入して、拾い読みしているところです。前警察庁長官の著書ですが、この手の警察官僚(元を含む)の本には、捜査に対する熱意は強く感じられるものの、今一つ理論的ではないものが多い中で、この本では、警察の立場を理論面から根拠づけようという努力がなされており、私のような経歴の法曹にも、参考になる一冊だと思いました。
本は良いのですが、問題と思われたのは、279頁から280頁に出ている、東京都立大学前田雅英教授の座談会における発言。
前田教授は、警察庁主催の総合セキュリティ対策会議

http://www.npa.go.jp/cyber/security/index.htm

の委員長で、私も、時々、その会議には顔を出す機会があります。
出席者は、皆、忙しい人ばかりで、時間をやりくりして出席しているわけです。
この座談会は、平成16年1月に、警察学論集に掲載されており、平成15年11月7日に実施したということが記載されていますが、平成15年度の上記の会議では、

http://www.npa.go.jp/cyber/security/h15/gaiyou.htm

といったことが話し合われていました。
ところが、前田教授が何と言っているかというと・・・

私も警察庁のサイバー関係の犯罪対策の仕事も若干させていただいていますが、そこには総務省からも委員が来ていて、プロバイダーや通信事業者、ユーザーの代表も来るわけです。その場で、まさに私が一番感じているのもそこですね。

この発言は、上記の会議を指しているとしか考えられないので、そういう前提で話を進めます。
これは、その前の、出席者による「通信の秘密」をどう捉えるかが大きな問題だ、という発言を受けていますが、そもそも認識がおかしいと思うのは、委員は、好きで「来ている」のではなく、警察庁に依頼されて、「出席させられている」んですよ。まず、この点からして認識がおかしい。
もっとおかしいのは次です。

通信の秘密とか憲法上の権利というのは絶対不可侵で、比較考量ができないみたいな議論になるんです。しかし、国家を揺るがすような重大な犯罪で、その証拠になるような情報をログとして保存しておけというのが、なぜ通信の秘密とのバランスで消されなければいけないのか。ですから、私は一貫してログの保存ということを強調して、その人たちから嫌われているんです(笑)。

どうも、いい加減なことを吹聴して笑っていたようですが、私も、「その人たち」の中に入ってるんですかね。
例えば、平成14年3月28日の会議

http://www.npa.go.jp/cyber/security/h13/youshi3.htm

では、

一定限度のログの保存の必要性についての議論は必要。
ログは、被害を受けた国民の保護のために、民事裁判においても必要とされる。データ保存は国民の裁判を受ける権利の確保に資するものである旨を記述すべき。また、保存の在り方やコスト負担の点についても記述すべき。
技術的な見地から、データ保存等が犯人追跡のために果たして有効なのかという議論がある。
技術、制度、法律、運用といった多面的な議論をすることが望ましい。
数でいえば、ログが保存されていたので捕まった事例の方が多い。

といった議論も、きちんとされているわけです。警察庁のサイトで、会議の状況を見てもらえばわかるとおり、前田教授が座談会で放言しているような、

「通信の秘密とか憲法上の権利というのは絶対不可侵で、比較考量ができないみたいな議論」

はなされていませんし、

「国家を揺るがすような重大な犯罪で、その証拠になるような情報をログとして保存しておけというのが、なぜ通信の秘密とのバランスで消されなければいけないのか」

という議論は、上記の会議のテーマとは大きくはずれています。そもそも、ログの保存という問題は、現在、国会でも審理中の刑事訴訟法改正案の中で「保全要請」といった形で制度化されようとしていますが、それでさえ、通信の秘密等への配慮から、あくまで任意のものであるという前提で検討されており(証拠として差し押さえるのは令状による)、前田教授が軽々しく放言するような簡単な問題ではありませんし、上記の会議でも、委員は、あくまでログの保存ということについては慎重な検討が必要であると主張しているだけで(こういった意見は日弁連なども主張しており、決しておかしな考え方ではありません)、

「通信の秘密とか憲法上の権利というのは絶対不可侵であり、比較考量できず、国家を揺るがすような重大な犯罪であっても、その証拠になるような情報をログとして保存しておくべきではない」

などとは、まったく言っていません。
それを、そのようにこじつけ、委員を悪者にした上で、

「私は一貫してログの保存ということを強調して、その人たちから嫌われているんです(笑)。」

などと、あたかも、自分だけが正論を述べているような体裁をとり(実際は、委員長でありながらまともに意見もとりまとめられず、いつも問題を先送りしているだけですが)、結局、上記の会議の委員を馬鹿者扱いして嘲笑しているわけです。
まったく、とんでもない奴と言うしかありません。
委員長が、こういった無責任かつ、他の委員に対して大変失礼なことを平気で放言しているようでは、会議の成果は期待できないと思いますし、年度途中であっても、解散してしまったほうがいいんじゃないでしょうか?>警察庁
少なくとも、自分が能力不足で意見も取りまとめられないことを棚に上げて、座談会でいい加減なことを放言して笑っているような委員長は解任して、もっとまともな委員長のリードにより、議論を進めるべきでしょう。
治安重視で警察寄りの学者に依存するのも結構ですが(私も、別に治安を軽視しているわけではありませんが)、「度が過ぎると」人々の信頼を失い、所期の目的を達成することも困難になるという好例だと思います。