15分で分かる2007年のブログ界

http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0712/28/news023.html
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0712/28/news023_2.html

ブログ界隈が盛り上がり、大多数のユーザー(ブロガー)が利用している。しかし、その中で、「何かおかしいな」と感じる人がいることは確かだろう。その感じは、「いったい何のためにブログで書いているのか?」という疑問から始まる。

ブログを巡るいろいろな出来事、問題点に触れられていて、参考になる記事ですが、ブロガーにとってスタートであり、また、ゴールでもあるのは、上記の疑問である、ということは言えるでしょう。
私の場合は、そもそもブログは日記である、という位置付けの下で、日々接したニュース、裁判例、読んだ本、考えたこと、起きたこと等々をコメントを含め書きとめておくことで、後から自分の歩み、思考過程を振り返ったり、既に書きとめたことを参考に、さらに考えて行く、といったことが可能になっていて、非常に役立っています。
「何のために」という点が明確になり、実際に、目的に沿った活用ができるようになれば、ブログ作成が自ずと生活の一部にもなり、忙しくても、苦もなく継続して作成できるようになるのではないか(私の場合、正にそのような状態ですが)という気がします。
目立ちたい、アルファブロガーと呼ばれたい、といった自己顕示欲や虚栄心などが先行しているようでは、いずれ行き詰まってしまうでしょう。

タクシン前首相、帰国なら即逮捕…タイ最高検が方針

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20071227id21.htm

前首相は、来年2月〜4月に帰国する意向を表明している。
同局長は、23日の下院選で前首相派の「国民の力党」が233議席を獲得し、第1党となったことについて、「(同党が)政権を握ることになっても、前首相に関する司法手続きには影響しない」と述べた。

昨年のこの時期は、タイのバンコクにいて、31日夜に、宿泊していた場所のすぐ近くで爆弾テロが起き驚きましたが、1年たって、上記の記事にあるように、タクシン派が選挙で勝って国民の支持を獲得するなど、情勢に大きな変化が起きているように思います。
来年は、タクシン氏の帰国問題を巡り、様々な動きが起きそうで、またタイへ行きたいと思っている私としては、目が離せないという気がします。

名建築残った…滋賀・豊郷小めぐる住民訴訟終結

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071228/trl0712280117000-n1.htm

豊郷小学校は、米国人建築家ヴォーリズが設計し、昭和12年に完成、「東洋一の教育の殿堂」と呼ばれた。平成13年に町が校舎の解体を決め、保存を求める住民と対立。住民側の申し立てを受け、大津地裁が14年、解体工事差し止めの仮処分命令を出したが、町は無視して校舎解体に着手した。15年3月にリコールが成立して、当時の大野和三郎町長は失職。出直し町長選で再選されると、旧校舎を保存し、新校舎を建設する方針に転換した。新校舎は16年3月に完成。旧校舎は閉鎖中。

上記の建物は、以前、テレビで紹介されているのを見たことがありますが、何とも言えず雰囲気の良い建物で、解体されてしまうのは惜しいと強く思った記憶があります。階段の手すりだったと思いますが、子供向けに可愛く作ってあったりして、子供への愛情も感じられ、こういう建物の中で勉強できた子供たちは幸福だったな、などと思いながら見た記憶もあります。
こういった歴史的に意義のある建造物を保存する際、最大の問題は、やはり費用面ではないかと思いますが、国が中心となって基金を設け、費用を補助できるようにするなど、制度の整備も急務でしょう。
防衛省の輩や、その係累のおねだり妻などの、飲み、食い、たかりのネタに使われ、有事には、多分、役立たないような防衛装備に巨額の国費を使うより、こういった方面に、我々が拠出した税金を有効に使ってほしいと思います。

来月にも営業再開の意向 船場吉兆、役員に弁護士ら

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007122990125046.html

引責辞任する湯木社長や長男ら3取締役に代わり、役員に弁護士や従業員を加える方針。

単に形だけに終わるのではなく、実効的な体制になることを期待したいですね。
先日、新聞を読んでいたところ、吉兆創業者が、「お店と屏風は広げすぎてはいけない」と常々言っていた、ということが紹介されていました。屏風が、広げすぎると倒れてしまうように、経営、営業も手を広げすぎるな、広げすぎると行き届かなくなる、目が届かなくなる、ということを戒めていたものと思います。
私自身にも役立つ戒めでしたが、船場吉兆経営陣にも役立つ戒めと言えるでしょう。

波乱相場来年も 東証、大納会も急落 

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2007122902075933.html

例年は新年への期待を膨らませる市場だが、〇八年も波乱の相場が続くとの見方が強い。

私は、今のところ株はやらないので、株価が上がっても下がっても関係ないのですが、仕事柄、株で失敗した人は大勢見ています。その経験から言うと、やはり、特に、資金力に乏しい個人は、自分の身の丈に合ったところで堅実を旨として取引する、ということが必要ではないか、という気がします。休むも相場、と言いますが、熱くなって走るだけ走る、というのは危険で、時には頭を冷やして冷静になる、ということも必要でしょう。その意味で、この年末年始は、波乱が予想される来年へ向けて、頭を冷やすには良い機会かもしれません。

追記1:

今日の日本経済新聞朝刊「大機小機」で、「相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟する」という格言が紹介されていましたが、相場に限らず、他のいろいろな物事にも通じる、味わい深い格言ではないか、と思いました。

追記2:

より正確には、この後に、「幸福感の中で消えて行く」がつくようで、ますます味わい深い格言である、と感じ入りました。
人生も、幸福感に包まれている時は、不幸の一歩手前、ということかもしれません(幸福感に包まれている方には、不快な気分にさせて申し訳ありませんが)。

保釈率が8年ぶり15%台 06年、上昇傾向続く

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007122901000307.html

保釈率が低く、拘置が長引く状況は「人質司法」と批判されてきたが、転換期を迎えつつあるようだ。

この見方はかなり甘いでしょうね。裁判所、検察庁が、この事件で、この時点において、この被告人は保釈したくない、という場合は、きっちりと「人質」状態で勾留が続けられているものです。保釈「率」で、この問題を切ってしまっては、最高裁は喜んでも、世の中のためにはなりません。
保釈請求が出されると、裁判所から検察官に意見が求められます。私も、検察庁にいた当時は、無数に意見を書きましたが、不相当意見をつけつつも、これは保釈になってもやむをえないな、保釈事案だな、と思うケースもかなりありました。そういったケースでも、特に、経験が浅い令状裁判官の場合は、「罪証隠滅の恐れ」ということが、教科書的にしかわかっておらず、また、裁判所の傾向が、検察庁の意向にできるだけ沿い、できるだけ身柄は外に出さない方向で、という流れできているため、保釈で出しても特に問題ないのに出さない、という結果に終わったものもかなりあった記憶があります。
あくまで、個人的な印象ですが、保釈率の上昇は、そういった、本来、保釈で外に出しても問題ない被告人について、さすがに裁判所内部でも部分的に見直す動きがあり、その結果、そうなっているのではないか、と思います。
肝心なところでは、がっちりと人質司法が維持され、身柄を握って放さないことで、裁判所、検察庁のペースで物事を進めて行く、というコアな部分は、依然として変わっていないと見るべきです。
店頭に並んでいる特売品が割安だからと言って、店内にあるすべての商品が割安であるとは限らないでしょう。店頭の商品は、一種の「釣り」で、店内に並んでいる商品は、むしろ他店より割高かもしれません。物事の実態というものは、単に、見かけやパーセンテージだけでは判断できない場合があるものです。