「完全版 袴田事件を裁いた男 無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元エリート裁判官・熊本典道の転落」

 

本書は、題名にあるような元裁判官・熊本氏の後半生を描いたノンフィクションで、10年ほど前に出たものに、その後の新たな経過等を書き足して「完全版」と銘打ったもので、私は完全版を通しで読みました。

私の記憶の中の熊本氏はかなり前からのもので、若手検事の頃だったと思いますが、別件逮捕に関する文献を読んでいて、裁判官、という肩書きで、なかなか参考になる論文を書いていたのが熊本氏でした。確か単著の本もあったと思います。普通、そういう裁判官は、徐々に昇進しながら裁判所に在籍しているものですが、熊本氏は裁判官を続けている様子がなく、不思議な印象がありました。その熊本氏が袴田事件の1審を担当していたと私が知ったのは、ずっと後のことです。

本書では、熊本氏の、美談の人としての上っ面ではなく、様々な欠点を持つ、人としては落第な人物として赤裸々に紹介しています。家族が熊本氏を見る目も厳しいものがあります。ただ、熊本氏がそうなっていた原点は、やはり袴田事件にあるという視点で書かれていて、熊本氏も袴田事件の犠牲者の一人という位置付けをしているのではないかという印象を私は受けました。

様々な欠点を持ちつつも、熊本氏は、袴田事件で裁判官として無罪の心証を持ったことを告白し、その告白は大きな波紋を呼んで、おそらく再審開始決定へと進む道程の中で、大きな転機をもたらすことになります。そういう人物を描いた本書は、今後も袴田事件とともに読み続けられていくでしょう。