最高裁「覚醒剤運んだ人物 密輸組織から委託」

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131022/k10015468911000.html

被告(56)は、3年前、覚醒剤2.5キロを成田空港でスーツケースに隠して持ち込み密輸しようとした罪に問われました。
被告は「中身を知らなかった」と主張し、1審の裁判員裁判では無罪になりましたが、2審は懲役10年を言い渡しました。
最高裁判所第1小法廷の横田尤孝裁判長は「特別な事情がないかぎり、こうしたケースで覚醒剤を運んでいた人物は、密輸組織側から回収方法の指示を受け、運搬の委託を受けていたと認定できる」という初めての判断を示して、被告の上告を退ける決定をしました。

最高裁のサイトで決定全文が掲載されていましたが、

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20131023092307.pdf

上記の記事の、「特別な事情がないかぎり、こうしたケースで覚醒剤を運んでいた人物は、密輸組織側から回収方法の指示を受け、運搬の委託を受けていたと認定できる」の、「こうしたケースで」をきちんと踏まえて、過度な誤った一般化を慎む必要を感じますね。運搬役は密輸組織から委託を受けたと認定すべきで有罪、と最高裁が言っているわけではありません。
正確を期すために、問題部分を引用しておきます。

1,2審判決が前提とするとおり,本件覚せい剤の量や隠匿態様等に照らし,本件密輸には覚せい剤密輸組織が関与していると認められるところ,原判決が説示するとおり,密輸組織が多額の費用を掛け,摘発される危険を冒してまで密輸を敢行するのは,それによって多額の利益が得られるからに他ならず,同組織は,上記利益を実際に取得するべく,目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような措置を講じるなどして密輸を敢行するものである。そして,同組織にとってみれば,引き受け手を見付けられる限り,報酬の支払を条件にするなどしながら,運搬者に対して,荷物を引き渡すべき相手や場所等を伝えたり,入国後に特定の連絡先に連絡するよう指示したりするなど,荷物の回収方法について必要な指示等をした上,覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという方法が,回収の確実性が高く,かつ,準備や回収の手間も少ないという点で採用しやすい密輸方法であることは明らかである。これに対し,そのような荷物の運搬委託を伴わない密輸方法は,目的地に確実に到着する運搬者となる人物を見付け出した上,同人の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせたりする一方,目的地到着後に密かに,あるいは,同人の意思に反してでもそれを回収しなければならないなどという点で,準備や実行の手間が多く,確実性も低い密輸方法といえる。そうすると,密輸組織としては,荷物の中身が覚せい剤であることまで打ち明けるかどうかはともかく,運搬者に対し,荷物の回収方法について必要な指示等をした上で覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという密輸方法を採用するのが通常であるといえ,荷物の運搬の委託自体をせず,運搬者の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせるなどして運搬させるとか,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託はするものの,その回収方法について何らの指示等もしないというのは,密輸組織において目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような特別な事情があるか,あるいは確実に回収することができる措置を別途講じているといった事情がある場合に限られるといえる。したがって,この種事案については,上記のような特段の事情がない限り,運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。
これを本件についてみると,被告人の来日前の渡航先であるケニア共和国及びベナン共和国については,これらの国が密輸組織の目指していた本件覚せい剤の密輸の目的地であり,同国内で密輸組織が本件覚せい剤を確実に回収できるようになっていたなどの事情はうかがわれない。所論は,ベナン共和国で被告人のガイド兼運転手をする予定であったBが密輸組織の回収役であった可能性があるというが,第1審判決も指摘するとおり,本件覚せい剤は,実際には日本に運ばれている上,被告人が供述するBの行動等は,ベナン共和国への飛行機の到着時刻が予定よりも3時間ほど遅れたところ,到着時には空港におらず,その後も同国滞在中に電話を3,4回かけてきたにとどまるというのであって,密輸組織の回収役の行動として不自然といわざるを得ず,回収役とみる余地はない。日本における確実な回収措置等の有無について見ても,被告人に同行者がいなかったことや,日本到着時に宿泊先のホテルの予約がされておらず,被告人自身,日本において誰かと会う約束もなく,日本における旅程も決めていなかったと述べていることなどに照らすと,密輸組織がそのような被告人から本件覚せい剤の回収を図ることは容易なことではなく,日本到着後に被告人から本件覚せい剤を確実に回収できるような特別な事情があるとか,確実に回収することができる措置が別途講じられていたとはいえない。そうすると,本件では,上記の特段の事情はなく,被告人は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,本件スーツケースを日本に運搬することの委託を受けていたものと認定するのが相当である。
原判決が,この種事案に適用されるべき経験則等について「この種の犯罪において,運搬者が,誰からも何らの委託も受けていないとか,受託物の回収方法について何らの指示も依頼も受けていないということは,現実にはあり得ない」などと説示している点は,例外を認める余地がないという趣旨であるとすれば,経験則等の理解として適切なものとはいえないが,密輸組織が関与した犯行であることや,被告人が本件スーツケースを携帯して来日したことなどから,被告人は本件スーツケースを日本に運ぶよう指示又は依頼を受けて来日したと認定した原判断は,上記したところに照らし正当である。

ちょっと長い上に、ややわかりにくい日本語になっているのですが、最高裁は、上記で赤字(私があえて赤字にしておきました)にしたところからわかるように、荷物の中身について打ち明けるかどうかはわからないけれども、密輸組織は、

運搬者に対し,荷物の回収方法について必要な指示等をした上で覚せい剤が入った荷物の運搬を委託するという密輸方法を採用するのが通常であるといえ,荷物の運搬の委託自体をせず,運搬者の知らない間に覚せい剤をその手荷物の中に忍ばせるなどして運搬させるとか,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託はするものの,その回収方法について何らの指示等もしないというのは,密輸組織において目的地到着後に運搬者から覚せい剤を確実に回収することができるような特別な事情があるか,あるいは確実に回収することができる措置を別途講じているといった事情がある場合に限られるといえる。したがって,この種事案については,上記のような特段の事情がない限り,運搬者は,密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当である。


という判断を示しているもので、あくまで、特段の事情がない限り(上記で私が青字にしたような)「密輸組織の関係者等から,回収方法について必要な指示等を受けた上,覚せい剤が入った荷物の運搬の委託を受けていたものと認定するのが相当」と言っていて、それ以上のことを言っているわけでなく、薬物の知情性を推認する間接事実とは見ていますが、それだけで直ちに知情性が認定されるとは、まったく言っていません。
これは、上記の引用部分の後に、

原判決は,そのほか,被告人の来日目的は本件スーツケースを日本に持ち込むことにあり,また,被告人の渡航費用等の経費は密輸組織において負担したものと考えられるとし,さらに,そのような費用を掛け,かつ,発覚の危険を冒してまで秘密裏に日本に持ち込もうとする物で,本件スーツケースに隠匿し得る物として想定されるのは,覚せい剤等の違法薬物であるから,被告人において,少なくとも,本件スーツケースの中に覚せい剤等の違法薬物が隠匿されているかもしれないことを認識していたと推認できるとし,このような推認を妨げる事情もないとしているが,この推認過程や認定内容は合理的で,誤りは認められない。

と、「そのほか」(ここも赤字にしておきました)として、その後に挙げた事情も踏まえた「推認」を合理的で誤りはない、としていることからも明らかです。
最高裁決定を読んでいると、本件で無罪判決を出した1審判決が、「(密輸組織による回収のための措置としては)様々なものが考えられ、運搬者に事情を知らせないまま同人から回収する方法がないとまではいえない」という、最高裁(及び原審の高裁)から見ると誤った前提の下で判断を示しているため、特段の事情がない限り運搬者は密輸組織の関係者等から回収方法について必要な指示等を受けた上で覚せい剤(等の薬物)が入った荷物の運搬の委託を受けているものであり、それを前提とし1つの間接事実とした上で知情性を認定すべき、としたものと思います。実際には、運搬役が事情を知らされないまま、他に回収方法が確保された「特段の事情」がある中で知情性がなく運搬している、というケースも少なくないと、私の捜査、弁護経験上も思います。
とは言え、運搬役が、回収方法について合理的な説明ができない、他に回収方法があったという特段の事情もない、ということであれば、その運搬役が、正に、運搬後に密輸組織の意に沿った先(密輸組織の一味、ということになるでしょう)へ「物」を届ける役も担っていた、と強く推認できるのではないかと思われ、その意味で、この点が、知情性推認にあたっては、かなり重視される、ということにはなるとは思いますが(本件での高裁、最高裁は、おそらくその点をかなり重視していると推測されます)、この判例は、上記のような意味で捉えるべきで、「運搬役は密輸組織から委託を受けたと認定すべきで有罪」といった、過度な誤った一般化をすべきではないと私は考えます。

追記:

判例時報2210号125頁(最高裁第一小法廷平成25年10月21日決定)
解説で、知情性の問題とは区別しつつ、「本決定がこの種事案の事実認定に利用できる経験則を詳しく判示したことの意義は大きいといえる。」とする。