保安官 事実上拘束 『これ以上は違法』

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010111202000193.html

神戸海保の保安官に対する任意の事情聴取は十二日、三日目に入った。この間、保安官は海保の施設内で宿泊し、事実上の拘束状態が続く。

事実上の拘束状態での長期の聴取は、専門家らも問題視する。

こういった宿泊を伴う取調べについては、有名な高輪グリーンマンション事件(最高裁判所第2小法廷決定昭和59年2月29日)において、

4 しかし、被告人を四夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後五日間にわたつて被疑者としての取調べを続行した点については、原判示のように、右の間被告人が単に「警察の庇護ないしはゆるやかな監視のもとに置かれていたものとみることができる」というような状況にあつたにすぎないものといえるか、疑問の余地がある。
すなわち、被告人を右のように宿泊させたことについては、被告人の住居たるB荘は高輪警察署からさほど遠くはなく、深夜であつても帰宅できない特段の事情も見当たらない上、第一日目の夜は、捜査官が同宿し被告人の挙動を直接監視し、第二日目以降も、捜査官らが前記ホテルに同宿こそしなかつたもののその周辺に張り込んで被告人の動静を監視しており、高輪警察署との往復には、警察の自動車が使用され、捜査官が同乗して送り迎えがなされているほか、最初の三晩については警察において宿泊費用を支払つており、しかもこの間午前中から深夜に至るまでの長時間、連日にわたつて本件についての追及、取調べが続けられたものであつて、これらの諸事情に徴すると、被告人は、捜査官の意向にそうように、右のような宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれていたものとみられる一面もあり、その期間も長く、任意取調べの方法として必ずしも妥当なものであつたとはいい難い。
しかしながら、他面、被告人は、右初日の宿泊については前記のような答申書を差し出しており、また、記録上、右の間に被告人が取調べや宿泊を拒否し、調べ室あるいは宿泊施設から退去し帰宅することを申し出たり、そのような行動に出た証跡はなく、捜査官らが、取調べを強行し、被告人の退去、帰宅を拒絶したり制止したというような事実も窺われないのであつて、これらの諸事情を総合すると、右取調べにせよ宿泊にせよ、結局、被告人がその意思によりこれを容認し応じていたものと認められるのである。
5 被告人に対する右のような取調べは、宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがあるものの、被告人が任意に応じていたものと認められるばかりでなく、事案の性質上、速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があつたものと認められることなどの本件における具体的状況を総合すると、結局、社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難いというべきである。

と、「任意取調べの方法として必ずしも妥当なものであつたとはいい難い。」とされつつも、辛うじて「任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難い」とされていますが(この判断には批判も多い)、この決定には、木下、大橋裁判官の意見が付されいて、そこでは、

本件の記録上、被告人が捜査官らによる取調べあるいは捜査官の手配した宿泊施設への宿泊を明示的に拒否した事実は認められず、右宿泊については、むしろ被告人から申し出たものであることを示す答申書すら作成提出していることが認められることは、多数意見の指摘するとおりであるが、これらの点から、右取調べが任意のものであり、宿泊も被告人の自由な意思に基づくものと速断することはできないと考えられる。すなわち、被告人は、任意同行後、先に自ら高輪警察署に出頭して無実を弁明するためにしたアリバイの主張が虚偽のものと決めつけられ、本件の犯人ではないかとの強い疑いをかけられて厳しい追及を受け、場合によつては逮捕されかねない状況に追い込まれていたものと認められる上、多数意見も指摘しているとおり、被告人の住居たるB荘は高輪警察署からさほど遠くはなく、深夜であつても帰宅できない特段の事情も見当たらず、被告人から進んで捜査官に対し宿泊先の斡旋を求めなければならない合理的な事由があつたものとも認め難いのみならず、捜査官が手配したのはいずれも高輪警察署に近い宿泊施設であつて、第一日目は捜査官らが同室したも同然の状態で同宿し被告人の身近かにあつてその挙動を監視し、その後も同宿こそしなかつたもののホテルの周辺等に張り込み被告人の動静を監視していたほか、同警察署との往復には警察の自動車が使用され、捜査官が同乗して送り迎えがなされており、昼夜を問わず捜査官らの監視下に置かれていたばかりでなく、この間午前中から夜間に至るまでの長時間、連日にわたつて本件についての追及、取調べが続けられ、加えて最初の三日間については宿泊代金を警察が負担している(記録によれば、被告人は宿泊代金を負担するだけの所持金を有していたことが窺われる。)のであつて、このような状況のもとにおいては、被告人の自由な意思決定は著しく困難であり、捜査官らの有形無形の圧力が強く影響し、その事実上の強制下に右のような宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得なかつたものとみるほかはない。捜査官が被告人を実母に引き渡すにあたつて身柄請書なるものを徴しているのも、被告人が右のような状態に置かれていたことを端的に示すものといえよう。
このような取調方法は、いかに被告人に対する容疑事実が重大で、容疑の程度も強く、捜査官としては速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取し、事案の真相に迫る必要性があつたとしても、また、これが被告人を実質的に逮捕し身柄を拘束した状態に置いてなされたものとまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なものというべきであり、この間の被告人の供述については、その任意性に当然に影響があるものとみるべきである。
さらに、われわれは、被告人に対する本件のような取調方法も任意捜査として違法とまではいえないことになると、捜査官が、事実の性質等により、そのような取調方法も一般的に許容されるものと解し、常態化させることを深く危惧するものであり、このような捜査方法を抑止する見地からも、本件任意捜査段階における被告人の供述は、違法な取調べに基づく、任意性に疑いがあるものとして、その証拠能力を否定すべきであり、これが憲法三一条等の精神にそうゆえんのものであると考えるものである。

とされています。尖閣ビデオ事件について、専門家の中にも、「実質的に身柄を拘束されているかどうか」で違法性が分かれるかのようにコメントしている人がいますが、上記の木下、大橋裁判官が、「これが被告人を実質的に逮捕し身柄を拘束した状態に置いてなされたものとまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なものというべきであり」としている点に注目すべきでしょう。その意味で、既に、海上保安官に対する取調べは、任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で許容限度を越える違法な状態に達している可能性があります。
今後、海上保安官が逮捕されるようなことがあれば、そのような違法性(があるとして)は、逮捕の適法性に影響するだけでなく、逮捕後の取調べの任意性や供述の信用性(の評価)に影響を及ぼす可能性もあるでしょう。