発信箱:重い石に囲まれて=藤原章生(ローマ支局)

http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/

地震直後に訪ねた村サンタンジェロでは広場に面した17世紀の建物がほぼ全壊していた。教会前の館はイタリア北部の若い一家の別荘だった。家族は復活祭前の休みで訪れた晩に震災に遭い、両親と幼児2人が亡くなった。がれきには自転車や人形が散らばり、鋼材は一本もなかった。
古い館を求めたのはこの一家に限らない。人は昔のままの空間に心地よさを覚え、いつか来る、あるいは来ないかもしれない危険を顧みない。軽量建材や木造家屋を知りながら、なかなか導入されない。現に80年の震災で約2700人の死者を出した南部の被災地では、耐震建築が盛んに語られたが、結局古いままの再建が好まれた。マフィアの介入や手抜き工事の問題もあるが、「そもそも防災という考えが浸透しない」と耐震工学者は言う。制度より個人の感覚を、将来の備えより今の快適さを重んじるからか。

イタリアで起きた大地震についての記事ですが、阪神・淡路大震災等の、日本における同様の災害のことも思い出され、犠牲になった人々が気の毒でもあり、何とも言えない気持ちになります。
イタリアは、日本同様、地震国であると聞きますが、建物防災に関する考え方はなかなか浸透しないようで、ヨーロッパによくある、石造の、歴史や伝統を感じさせる建造物の危険性というものを、多くの日本人がイタリア等へ行く現状の中、日本人も認識しておく必要がありそうです。
災害対策の重要性と困難さということを、改めて感じさせられるものがあります。