インターネット上の誹謗・中傷問題における刑事罰の位置づけ

社会を適切に運営して行くためには、適切なルールを定めた上で、社会のメンバーがそういったルールに反する行為に及んだ場合は、相応の制裁が加えられる手段が用意されている必要があります。刑事罰も、そういった「制裁」の1つですが、あくまで数ある制裁の中の1つに過ぎません。
また、注意すべきなのでは、刑事罰というものは、一種の劇薬のようなものであり、制裁を受ける者に対する効果にも甚大なものがあるということです。
刑事罰も、社会統制の1つの手段である、という見地に立って、可能な限り、他の制裁手段を選択し、それではまかなえない場合に、必要かつやむを得ない限度で刑事罰を選択、発動する、という謙抑的な取り扱いが必要でしょう。
その意味で、インターネット上の誹謗、中傷の問題についても、違法と評価されるかどうかの範囲が曖昧であるということにも鑑み、安易に刑事罰の範囲を拡大することには慎重である必要があると思います。
社会がますます複雑化し、人々の考え方も多様化する中で、かつてはなかったタイプの紛争が増加の一途をたどる現状にありますが、持って行き場のない紛争は、警察へと持ち込まれ、警察が一種の「最終処分場」に無理矢理させられている傾向があります。それは、警察にとっても不幸なことであり、そういった現状が、警察の貴重な各種リソースを拡散させ有効に機能できない状態に追い込んでいることにもなっていますが、それはともかく、何でもかんでも警察へ、怪しからん奴は刑事罰を、という行き方が、果たして妥当なのかという問題意識は必要でしょう。
こういった現状の中で、警察が、起訴されないことは承知の上で、「初の立件」などと、事情がよくわからないマスコミを利用して世間に触れ回り、犯罪抑止効果をあげようとして、無理に事件を作ってしまう、ということもあります。昨日、

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070427#1177667800

でコメントした事件が、そのような経緯で立件されたかどうかはわかりませんが、報道を見る限り、名誉毀損と言うよりも侮辱のケースではないかと思われる面もあり(法定刑は拘留又は科料のみ)、掲示板運営者については、どこまで犯意があったか、も問題になってくるはずで、警察が立件した、ということで、ここまで騒ぐのもどうか、という気がします(大阪府警としては、既に、その目的を十分に達成した、と言えるかもしれません)。
この事件が、今後、大阪地検において嫌疑不十分により不起訴となっても、おそらく、報道されることはなく、人々の記憶には「初の立件」ということだけが刷り込まれて残るでしょう。それがいけないことだとまでは言いませんが、そうなった場合、これも一種の情報操作という側面があることは否定できないと思います。
単に刑事処罰すべきかどうか、というレベルだけでこの問題を考えるのではなく、社会統制手段としての刑事罰の位置づけ、警察の果たすべき真の役割、この問題に関する刑事罰以外の社会統制手段整備の必要性、といったことを、冷静に考えてみる必要があるでしょう。