英国訪問記

昨年10月に、弁護士会の見学で英国を訪問し、その際の感想等は、当時、既に本ブログでもアップしましたが、弁護士会へ、以下のような感想文(ブログのエントリーを1つにまとめ、若干、読みやすくしたものですが)を提出しましたので、ここにアップしておきます。

1 はじめに

昨年10月、イギリス・ロンドン及び周辺地域において、刑務所等の施設やいろいろな団体を訪問する機会を得ることができました。
その際の体験記は、個人で運営しているブログ
  http://d.hatena.ne.jp/yjochi/
で、既に書き留めていますが、内容を、よりわかりやすくした上で、見学の様子を皆様に紹介したいと思います。

2 見学1日目(10月23日)

午前中は、ロンドン市内にあるICPS(刑務所研究のための国際センター)を訪問し、担当者からいろいろとお話を聞きました。ICPSや、その活動等については、海渡先生が過去に書かれた

http://www.jca.apc.org/cpr/nl27/rj.html
http://www.jca.apc.org/cpr/nl27/kyodo.html

が参考になります。
主に説明していただいた担当者は、刑務所長の経歴を持ち、その後、転身して現在はICPSの活動に携わっている、という方とのことで、説明には非常に具体的でわかりやすいものがありました。
英国の現状等については(通訳を介しているので不正確な部分もあるかもしれませんが)、

刑務所における過剰収容が問題になっている。刑務所は増設されているが、追いつかない状態である。刑務所の増設には限界がある。従来の犯罪概念が、「反社会的行動」にも拡張されていることも原因と考えられる。日常生活の中での様々な迷惑行為に対し、住民等の申立を受けた裁判官がASBO(Anti-Social Behaviour Order、「アズボ」)を出し、それ自体は刑事処分ではないものの、命令に違反した場合は最高で5年の体刑が科される仕組みになっていて、刑事処分の対象が拡大するに至っている。また、こういった現象の背景には、「犯罪」に対して強い姿勢で取り組み支持を得たいという政治家の思惑もあり、過去10年間で700以上の新しい犯罪構成要件が作り出されている。近時は、前科がない初犯者でも体刑になる例が増えている(以前はもっと軽い刑になったようなものでも)。また、体刑の刑期も、以前よりは長期化している傾向が見られる。刑務所に収容される人が増えれば社会が安全になるわけではない。
「刑務所に代替する処遇」という発想は、「刑務所に加えた処遇」という状況に陥ってしまう恐れがある。服役以外の処遇をまず考え、他に手段がない場合に服役させる、「最後の砦が刑務所である」という考え方に立つべきである。例えばフィンランドでは、刑罰の宣告に際し、罰金か体刑か、が問題になり、8か月以下の刑であれば、自動的に社会内処遇が選択されるものとされている。それを超えても、2年以下の刑であれば、被告人の同意の下で社会内処遇が選択でき、社会内処遇になる場合が多い。フィンランドでは、英国よりも刑期が短くなっている傾向があり、体刑になる率もより低く、成功例と言える。フィンランドでは、1960年代ころまでは犯罪率が高かったが、対策を講じ、改善策が功を奏した。このような制度の仕組みについては、一般の人々の納得を得る必要があるが、フィンランドでは制度や運営について一般人も加わる仕組みになっていて、日本の今後を考える上で参考になる。
社会内処遇には、犯罪者の改善・更生へ向けたトレーニングを行うというものと、地域のためになる作業を行う、というものの、2つのものがある。社会内処遇の際、電子監視装置を使うことには十分注意すべきで、「技術的解決」が「人的問題の解決」につながらないことを銘記すべきである。例えば、電子監視により違反行為が発覚しても、通報した先の保護観察所が動かなければ実効性がない。フィンランドでも、被告人の同意の下に、電子監視下で自宅拘禁を行う制度があるが、子供が自宅のすぐ外で遊ぶのに、親が外に出られず、非常に困った、といった例も報告されている。

といったお話でした。お話の中で、英国のロード・チーフ・ジャスティスが、身分を隠し、1日、コミュニティ・サービス(社会奉仕作業)に加わったと報道されたことが紹介されていました。
過剰収容問題や、社会内処遇の問題を考えて行く上で、大変参考になる説明を聞くことができたと感じました。
午後は、IMB(インディペンデント・モニタリング・ボード)の担当者、プリズンズ・アンド・プロべーション・オンブズマンの担当者のお話を聞くことができました。
IMBは、刑務所等の施設をモニタリングする組織で、組織の原型は約500年前にまでさかのぼることができるとのことで、現在、約1800名のメンバーが内務大臣から任命されて活動している、とのことでした。メンバーは、日常的に刑務所等の施設を訪問し、問題がないかどうかをモニタリングしている、とのことで、このような活動が行われることにより、刑務所等の内部における虐待等はかなりの程度防止できるのではないかと感じました。
プリズンズ・アンド・プロべーション・オンブズマンは、かつての刑務所暴動を契機に設立された組織で、刑務所内における死亡事例について、すべて調査を行うなどの活動を行っている、とのことでした。事実関係を確定することの困難さや、活動に関する法的な面での整備が行われておらず今後の課題になっていることなどが説明されました。こういった組織や活動も、今後の日本における参考になると感じました。

3 見学2日目(10月24日)

午前中は、ICVA(the Independent Custody Visiting Association)
http://www.icva.org.uk/
の担当者に案内していただき、ロンドン市内のある警察署を見学しました。ICVAの組織や活動等については、
http://www.icva.org.uk/site/welcome/index.htm
で紹介されていますが、この組織に登録した民間人のビジターが、警察署を訪れて、被収容者への処遇に問題がないかどうかチェックするという活動が行われています。案内してくれたのは、テレビや映画に出てくるミス・マープルのような感じの、やや年配の女性で、地元に住んでいてビジターを務めているとのことでした。その女性の説明では、設立後、まだ十数年程度の歴史しかなく、知名度が十分とは言えず、警察によっては訪問自体を拒否されることもあり粘り強く説得する必要がある場合もある、ビジターに若年者や少数民族出身者が少ないので、そういった人々もビジターになってもらえるように努力している、ということでした。ビジターになると、研修プログラムも用意され、任期は3年で、更新も可能とのことでした。
警察の留置担当官からも説明を聞くことができ、警察署での留置は原則24時間で、例外として36時間までの留置が行われる場合もあるが、その後は、釈放されなければ拘置施設へ身柄が移される、現在、拘置施設に収容されている者を警察署に収容できないか、という動きがあるが、警察署は24時間ないし36時間を超えた収容には適していないのではないかと考えている、といった説明がありました。私が、「日本では、1つの事件で、最大、23日間の逮捕・勾留が可能で、複数の事件により1年以上もの期間、警察留置場で身柄が拘束されることもある。」と言うと、ICVAの担当者や警察の留置担当官は驚いていました。
時間の関係で、制度についての詳しい説明までは聞けませんでしたが、警察の留置担当官は、採用時から、捜査担当官とは別ルートの採用になっていて、日本とは比べものにならないくらい、捜査と留置が分離しているようでした。留置担当官の話では、逮捕に問題があると判断された場合、留置担当官が留置を拒否することもあるということで、これは、日本では考えられないことでしょう。
警察の留置場内も、支障がない範囲内で見学しましたが、監視カメラで留置場内を録画し、それをきちんと保存するシステムになっていることが印象的でした。
日本でも、刑務所に対し外部から監視の目が入る制度が実施されようとしていますが、英国の制度には見習うべき点が多いと感じました。
その後、お昼過ぎから1時間ほど、1日目の午前中に行ったICPS(刑務所研究のための国際センター)へ再び行き、元のChief Inspector of Prisons for England and Walesのお話をうかがいました。陸軍出身で、現在は上院議員爵位を持つ貴族)とのことでした。この地位については、
http://en.wikipedia.org/wiki/Her_Majesty%27s_Chief_Inspector_of_Prisons
が参考になります。こういった職を設け、これだけの重みのある人物を任命して刑務所の監督を行っているだけでも、英国は日本の遙かに先を進んでいると感じました。お話の中で、「刑務所の問題は政治家による政争の対象になるべきではない。」という言葉が、特に印象的でした。

4 見学3日目(10月25日)

3日目は、ロンドン市内にあるNGOの見学でした。
午前中は、プリズン・リフォーム・トラストへ行き、担当者からお話を聞きました。NGOとして、人的にも予算面でも政府から独立して活動しつつも、メンバーの中には、女王陛下の元プライベート・セクレタリーがいるなど、かなり力のある人々も参加しており、刑務所内の処遇環境、人権問題、少数民族への処遇、受刑者やその家族に対する支援、コミュニティにおける犯罪の問題などに取り組んでいる状況が紹介されました。「スマートジャスティス」ということが提唱されていて、刑事司法、刑事手続について、一般の人々を啓発しその考え方に変革を求めて行く、ということも重視されているとのことで、そのための各種広報活動も積極的に行っている状況が紹介されていました。
ここでも、過剰収容の問題の深刻さが語られ、その原因として、担当者は、政治家や国民が、リスクを取らず受刑者の拘禁にこだわることが、さらにリスクを高めてしまっている、ということを指摘していて、うなずけるものがありました。
午後は、まず、インクエストという団体の事務所を訪問しました。1981年に、刑務施設に収容中に死亡した人の遺族が中心となって設立されたNGOで、刑務施設内での不審死について、死亡者の親族や友人の側に立って各種支援(相談、弁護士の紹介、検死法廷への立会など)を行い、今後の教訓、予防に役立てることを目指していることが紹介されました。
英国の検死に関するコロナー制度には、古くからの歴史があり、いろいろな問題点も指摘されているようですが、どのような状況下で死亡したかを明らかにするという要請が強くなり、以前は数日で終了していたものが、現在は数週間かかる場合もある、とのことでした。コロナー制度について検索していたところ、

http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~legal/topix01b.htm

があり、参考になると思いました。
その後、ジャスティスという団体の事務所へ行って、担当者のお話をうかがいました。この団体は、1957年に、人権問題に強い関心を持つ弁護士によって設立され、刑務所問題や刑事司法の問題だけでなく、広く法律改正や人権擁護全般の問題を扱っている、国会、政治家に対するロビー活動、情報提供も行っているとのことでした。
担当者からは、最近の英国内の傾向として、一般国民の治安に対する期待が高まり厳罰化、過剰収容化へとつながっていることや、そういった傾向の中で、ASBO(Anti-Social Behaviour Order、「アズボ」)が濫発される傾向にあることなどが指摘されていました。
今日1日の見学で感じたのは、英国では、NGOの分野でも、優秀な人材が参加して活発な活動が行われ、刑事司法や刑務所問題等について、重要な貢献が行われている、ということで、もちろん、日本でもそういった取り組みを行っている人や団体も存在しますが、層の厚さや影響力に格段の違いがあるのではないかと感じました。

5 見学4日目(10月26日)

ロンドンから列車で2時間余りのマンチェスターにある刑務所を見学しました。英国の刑務所の中でも、特に重警備の刑務所ということで、入口で、非常に厳重なボディーチェックを受けました。刑務所長であっても、例外なく同様のボディーチェックを受けているとのことでした。受刑者の場合、入所時に指紋を登録し、個人データをデータベースで管理して、出所時には指紋により本人確認の上、データベース上のデータは消去している、とのことでした。
担当職員から説明を受けた後、刑務所内を見て回りましたが、建物にはかなり古いものもあるものの、清潔感があり、コンピュータ関係の各種技能訓練、床掃除、壁塗りなどの訓練を受けている受刑者がいて、出所後の就職へ向け、かなり実戦的な職業訓練が行われていると感じました。しかし、それでも、出所時に就職先が決まっている者はわずかである、とのことでした。
体育館や、各種トレーニングができる器具も備え付けられたジムも設置されていて、日本の一般的な刑務所よりは、施設面での充実度が高いように思いました。受刑者が収容されている房の内部も見ましたが、広くも狭くもないという感じではあるものの、やはり、清潔感はあり不快な印象は受けませんでした。
印象的だったのは、受刑者の表情が総じて明るく、案内してくれた担当官と受刑者が、笑顔で言葉を交わしたりしていたことで、息苦しくなるような日本の刑務所とはかなりの違いを感じました。
バージンの運行している列車でロンドンから往復したのですが、帰りに、刑務所側の手違いで、駅まで送ってもらうのが遅れてしまい、ホームへ駆け込んだところ、目の前を発車した列車がゆっくりと出て行くところでした。英国の列車は、よく遅れるようですが、バージンは、航空機だけでなく列車でも時間に厳しい、ということが実感されました。乗り遅れましたが、持っていたチケットで追加負担なく後の列車に乗ることができ、無事、ロンドンに帰着しました。

6 見学5日目(10月27日)

いよいよ最終日です。午前中は早めに起き、朝食を済ませた後、ロンドンから列車で1時間弱程度の距離にあるダウンヴュー刑務所を訪問しました。自然に恵まれた環境の中を、駅から20分ほど歩いて刑務所に到着。のどかな環境の中にあって、なかなか良い雰囲気でした。  
英国の刑務所では、開放度に応じて、クローズド、セミオープン、オープンの3つのタイプがあるとのことでしたが、ここはクローズドになるとのことでした。ただ、毎日30名の受刑者が、刑務所を出てコミュニティの中で各種作業に従事しているということで、完全にクローズドな刑務所ではないようでした。成人だけでなく、15才から18才までの少年も16名まで収容可能とのことで、少年の収容施設も見学しましたが、房は清潔でシャワーもついており、房がある建物内に各種訓練等ができる部屋もあって、かなりの充実度であると思いました。
女子刑務所ということで、昨日訪問した刑務所よりは全体として柔らかい感じの雰囲気になっており、建物も木造であったりして、圧迫感、威圧感を与えないように工夫されていると感じました。受刑者の中から、「インサイダー」と呼ばれる、一種のお世話係が指名されて、後輩受刑者の相談に乗ったりする仕組みになっている上、各受刑者に、必要に応じて相談等ができる職員が割り当てられていて、工夫していると思いました。
ここでも、受刑者の表情や態度が明るく、見学中の我々に気軽に声をかけたり、案内してくれている職員と笑顔で言葉を交わすなど、日本の刑務所とはかなり雰囲気が異なると思いました。刑務所内の掲示板に、不服や苦情がある場合の申立について、チャートを使ったわかりやすい説明書が張り出されていたことが印象的でした。所長の説明によると、自殺しようとする受刑者が少なくないので、自殺防止に注意しているということで、やはり、いろいろな問題を抱える受刑者を収容する施設は常に気が抜けない状態に置かれていると感じました。
午後は、内務省を訪問し、刑務所問題も担当する高官からお話をうかがうことができました。刑務所における不服や苦情の申立制度改善を計画していることや、英国の刑務所が抱えている諸問題について、現状や意見が述べられ、なかなか難しい点もありましたが、見学の最後でこのようなお話を聞くことができ参考になったと思いました。
昨日までに訪問した先について、高官から、かなり辛辣な批判が出たところもあって、制度改革へ向けての思いは共通していても、方法論で鋭い対立があり、外部からの訪問者に向かっても遠慮無く非難するものだと思い、印象深く感じました。

7 おわりに

5日間の見学でしたが、英国の制度について知識がほとんどなかった私にとって、見るもの聞くもの、すべてが勉強になるといった状態であったと言っても過言でなく、ここで得た知識、経験を元に、今後、さらに勉強したいと強く思いました。
このような貴重な機会を与えていただき、感謝しております。