winny幇助公判について(解説・その1)

突っ込んだ分析は、今週末に行いたいと考えていますが、まずは、刑事訴訟の基礎知識から。
第1回公判までに、裁判所が持っている資料は、検察官が裁判所に提出した起訴状だけです。これを、刑事訴訟法では、「起訴状一本主義」と言います。裁判所が、担当する事件について、予断を持つことなく白紙の状態で臨むためのもので、「予断排除の原則」の一つの現れとされています。
起訴状には、被告人に関する事項(名前や本籍等)のほか、「公訴事実」「罪名」「罰条」が記載されています。公訴事実は、別の言い方では、「訴因」(英語ではcount)であり、刑事訴訟(審判)の対象(特定の犯罪事実があるとする検察官の主張)です。訴因を巡って、検察官と弁護人の攻防が繰り広げられ、証拠により認定されれば有罪、認定されなければ無罪となります。認定されるためには、「合理的な疑いを入れない程度の証明」が必要であり、その程度まで立証する責任は、全面的に(事件によってはごく一部例外もありますが)検察官が負っています。
今回の事件は、winnyの提供等が幇助行為に問われた著作権法違反幇助(これが罪名)事件ですから、検察官が、審判の対象にしたいと考えた内容を公訴事実として記載し、上記の罪名と、相応する罰条(著作権法の該当条文と刑法の幇助犯の条文)も、起訴状に記載されていたということになります。その起訴状だけを持って、3名の裁判官は、最初に法廷に入ってきたわけです。
公訴事実(訴因)の記載は、簡略なものですが、刑事訴訟法上、「特定」されていなければなりません。何をもって特定されているかと考えるかについては、「識別説」(他の犯罪と識別される程度に特定されていれば足りる)と、「防御説」(他の犯罪と識別されるだけでなく被告人が防御権を行使できる程度の特定を要求する)があり、実務では、識別説に立って運用されています。今回の公判で、弁護人からの求釈明に対し、検察官が、繰り返し、「訴因は特定されている」として釈明に応じない場面がありましたが、それは、識別説に立って答えているからであり、それについて、裁判所が検察官に重ねて釈明しなかったのも、裁判所も識別説に立っており、その立場からは、本件の訴因が、他の犯罪と識別される程度には特定されており、釈明の必要を認めなかったから、ということになります。
検察官は、立証の冒頭で、「証拠によって証明しようとする事実」を、「冒頭陳述」によって明らかにします。これにより、検察官の立証の全体像や証拠に対する評価などの全貌が明らかになり、裁判所の心証形成に資するとともに、弁護人の反証計画やその後の反証も、それを前提に立てることになります。したがって、検察官の冒頭陳述は、今後の訴訟の行方に影響する部分が大きく、だからこそ、今回の公判でも、弁護人が、冒頭陳述の記載について異議を述べたり、細部も含めて求釈明を申し立てたりしていたわけです。
弁護人が、反証等に先だって冒頭陳述を行う場合があります。検察官の冒頭陳述は必須ですが、弁護人の冒頭陳述は任意で、一般的には、やらない場合のほうが多いです。弁護人の冒頭陳述も、「証拠によって証明しようとする事実」を明らかにするという機能では、検察官の冒頭陳述と変わりませんが、弁護人としては、冒頭陳述を早期に行うことにより、検察官主張のストーリー(有罪ストーリー)ではなく、被告人・弁護人の主張(無罪ストーリー)を提示し、有罪方向ではなく無罪方向で、心証形成をしてもらうことを狙う場合があります。今回の公判で、弁護人が冒頭陳述を行いましたが、正に、そのような目的で行った冒頭陳述であったのではないか、と、私は見ています。

(続く)