村上ファンド事件1審判決・残る法律上の問題点(日経産業新聞の記事に関連して)

http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070719#1184808345

で判決要旨の紹介や若干の感想などをコメントしましたが、そこでも触れたように、この判決には、重要な法律解釈上の問題が含まれています。
20日の日経産業新聞に、私もほんの少しコメントした記事(村上被告に懲役2年実刑、「国策司法」早耳封じる――インサイダー厳罰化の流れ)が掲載され、なかなかポイントを突いた良い記事でしたが、その中で、

地裁判決は「実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題とはならない」とし、「インサイダー情報」の範囲を広げるような姿勢を示した。過去の最高裁判決は「確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない」とするだけだった。
今回の地裁判決について、「高低は判断しづらく、実質上、最高裁判決の延長線上」(葉玉匡美弁護士)との指摘もあるが、落合洋司弁護士らは「可能性がかなり低い場合まで含めており、上級審で争われる」と話す。「実現可能性が低く、決定はなかった」と争っていた村上被告は、十九日に控訴した。
「決定」の範囲が広いと、「あの会社の株を五%以上、買いたい」と冗談交じりに漏らしたのを聞き、株を取得すると違反の恐れもある。資本提携や企業買収に発展する可能性がある話題を経営者間でしづらくなる。買収攻防にも影響は及ぶ。A社の経営者がB社からの敵対買収を防ぐため、こっそりと知り合いに依頼し「C社としてA社株を五%以上、買いたい」とB社の社長に吹き込ませたらどうなるだろう。

と指摘されています。
上記のような、悪辣な事例ほどではなくても、何らかの機会に、実現可能性が高いとは言えないがゼロではなく、可能性は低いがあり得る、というインサイダー情報に接してしまった人がいた場合に、その後、情報が公表されず、さりとて実現可能性がゼロになったかどうかもわからない状態が続けば、恐くて「取引」ができない(違法なインサイダー取引になりかねないので)ということが日常的に起こりかねない、という問題がどうしても残ります。
村上ファンド事件1審判決は、上記のエントリーでも紹介したように、実現可能性が全くない場合は除かれるが、あれば足り、その高低は問題にならない、とまで言い切ってしまっていて、これが、従来の最高裁判例による「確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しない」を、さらに犯罪が成立しやすい方向に拡張したものかどうかは微妙ですが、最高裁が明確に踏み込んでいなかったところまで踏み込んでいるのは確かであり、今後の経済取引への影響には無視しがたいものがあると思います。
村上ファンド事件自体における、決定の実現可能性については、

現実に5%買い集めに必要な資力や、ライブドアの財務状況、資金調達能力、同社が現実に大量の買い集めを実現させたこと等に照らせば、同社がニッポン放送株を大量に買い集める決定が実現する可能性はかなり高かったと認められる。

と(あくまで判決要旨ですが)判断されていて、この事実認定が上級審でも維持される限り、実現可能性に関する法律解釈の内容如何が結論に影響することはない、ということになりますが、やはり、今後の経済活動における予見可能性をきちんと明確にしておくためにも、東京地裁の1審判決の判断をそのまま文字通り維持すべきなのか、何らかの線引きを行い、実現可能性が著しく低いような場合は除かれるような解釈をきちんと盛り込んでおくのか、といったことが、今後の上級審では検討されるべきでしょう。
各マスコミとも、「錬金術に断罪」といったセンセーショナルな記事、報道が目立ち、こういった重要な法律上の問題点にきちんと触れた記事、報道は少なかった、という印象を受けました。