ウイニー幇助公判について(分析・その1)

それでは、分析に入ります。まずは、弁護人の公訴棄却の申立について。
私の公判速報の中の、該当部分では、

さらに、弁護人が、以下の通り意見陳述(公訴棄却の申し立て)

1 公訴事実に、罪となるべき事実が包含されていない。ソフト開発の実態等を理解していない検察官が、社会的に有用な行為を不当に起訴したものであり、社会的損失が大きい。罪刑法定主義にも反している。被告人は、正犯と連絡を取り合ったこともない。ウイニーの開発及び提供以外に、被告人が罪を問われる余地はないが、ウイニーの目的は、価値中立的なものである。このような起訴は、世界でも初めてのケースであり、特異である。刑事訴訟法339条1項2号により公訴棄却されるべきである。

2 訴因が不特定である。ウイニーの開発や公開は違法とはなりえない。開発、公開のいかなる点が違法かが明らかにされるべきだが、何ら明らかにされていない。被告人は、優秀な技術者であり、このような者を処罰するようでは、優秀な技術者の海外流出を招きかねない。刑事訴訟法338条4号により公訴棄却が相当である。

上記の弁護人の意見について、検察官は、「実体審理を待って判断すべき」と述べ、弁護人は、冒頭での釈明を再び求めたが、検察官は応じなかった。

裁判長は、「訴因は特定されており、現段階で公訴棄却すべきとも解されない」として、実体審理に入ることを宣言。

という状況でした。
一般的に、こういった公訴棄却の申立を弁護人が行う場合、狙いとしては、大きく分けて、①有罪無罪を主張する以前の問題として、そもそも検察官の公訴自体の適法性を争い、その後の展開をより有利に進める②公訴棄却になることは必ずしも期待していないが、裁判所に対して、争う姿勢を強く示すために、一種のパフォーマンスの意味も含め、行う、という、2つの場合があると思います。
今回の弁護人の上記主張の狙いは、どちらかというと①で、②の意味も副次的に含まれていたのではないか、というのが私の見方です。
弁護人の主張としては、そもそも、今回の事件のような被告人の行為を、「幇助犯」として起訴すること自体がおかしい、ということになります(その法的根拠をどこに求めるかについては、「その2」以降で分析してみたいと思っています)。
刑事訴訟法339条では

第339条〔公訴棄却の決定〕
① 左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。
一 第二百七十一条第二項〔二か月内に起訴状謄本が送達されないとき〕の規定により公訴の提起がその効力を失つたとき。
二 起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。
三 公訴が取り消されたとき。
四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。
五 第十条〔同一事件が事物管轄を異にする数個の裁判所に係属するとき〕又は第十一条〔同一事件が事物管轄を同じくする数個の裁判所に係属するとき〕の規定により審判してはならないとき。
② 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

とされており、1項2号で、「起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。」が、決定で公訴棄却すべき場合の一つとして挙げられています。弁護人の主張を前提にすると、ここに該当するという上記のような主張は、それなりに一貫性があります。
そして、そもそも、検察官がおかしなことをやっている以上、起訴状公訴事実の中で、問題となる行為を、もっと具体的に記載して、「何が問題なのか」をもっと明確にすべきである、それが行われていない以上、(「解説その1」で紹介した防御説の立場に立って)被告人の防御権を害している訴因は不特定であり、特定されない以上、

第338条〔公訴棄却の判決〕
左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。
一 被告人に対して裁判権を有しないとき。
二 第三百四十条〔公訴取消し後の再起訴〕の規定に違反して公訴が提起されたとき。
三 公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。
四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

に基づき、4号により、公訴棄却すべき、という弁護人の主張も、やはり、それなりに一貫性はあるものと考えられます。
ただ、裁判所としては、起訴状の文面を見るだけで「起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。」に該当するとは判断がつきかねるというのが正直なところであったでしょうし、訴因の特定の問題については、「解説その1」で紹介した識別説の立場に立っているので、公訴棄却という判断はせず、実体審理に入るという選択をした、ということになります。
それでは、弁護人が主張したこれらの問題は、今後、どのような取扱いがなされるのでしょうか?後者の点(訴因不特定という主張)については、裁判所が識別説に立つ以上、当初の訴因でも「不特定」にはならないので、これを理由に公訴棄却となる可能性は、ほとんどありません。
では、前者の点(罪となるべき事実を包含していないとき)についてはどうか。私の予想では、裁判所が実体審理に入り、相当突っ込んだ審理が行われ、両当事者の有罪、無罪の主張が尽くされた上で裁判所が判決を宣告することになる以上、有罪か無罪か、という判断が先行して行われ、「罪となるべき事実を包含していないとき」に該当したかどうかについての判断は、その陰に隠れ、結局、実質的には判断されないまま終わることになると思います。
そして、有罪か無罪かが、両当事者の主たる関心事である以上、その点が、今後の公判で再び実質的な争点として浮上することは、おそらく、ないでしょう。
このような意味では、弁護人の公訴棄却申立は、この公判の中で、不可欠なものではなく、また、それによって、即、公訴棄却になるというものではありませんでしたが、無罪主張へとつなげるべく主張としての一貫性を持たせつつ、上記で指摘した2つめの狙い、すなわち「②公訴棄却になることは期待していないが、裁判所に対して、争う姿勢を強く示すために、一種のパフォーマンスの意味も含め、行う」という目的も概ね達成しており、一定の成功はおさめたと評価できるのではないかと思います。

(続く)