強盗致傷の非行事実を認定して少年を中等少年院送致とした家庭裁判所の決定が、抗告審で事実誤認を理由に取り消されて差し戻された場合において、検察官の申し出た証拠を取り調べずに、非行なしとして少年を保護処分に付さなかった受差戻審の決定に法令違反はないとされた事例(最高裁第三小法廷平成20年7月11日決定)

判例時報2021号157ページ以下に掲載されていました。大阪地裁所長(当時)が、いわゆるオヤジ狩りの被害に遭い重傷を負ったという強盗致傷事件に関するものです。本ブログでも、過去に、

少年を中等少年院送致 大阪地裁所長襲撃事件で大阪家裁
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060324#1143161823
大阪地裁所長への強盗致傷、2被告に無罪判決
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060321#1142900630
乏しい物証、判断注目 裁判所トップ強盗致傷事件
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20060319#1142735924

とコメントしたことがあります。海外へ来ていて、いつになく暇なので、田原裁判官の補足意見(上記の中の一番下のエントリーで触れた、自白と矛盾するメールの存在などを指摘し、警察、検察ストーリーは採用できないとするもの)も含め、一通りじっくりと読んでみました。
本件で特徴的と思われるのは、

1 防犯ビデオに映った人物の中で、特に大柄な共犯者の1人が映っている形跡がないこと
2 実行行為者であるはずの少年が、犯行時刻頃、別の場所で知人と会っていた形跡があり、上記のようなメールがそれを裏付けていること
3 そういったいい加減な証拠関係の中で、なぜか共犯者とされた1人は自らの少年審判においても自白を維持し中等少年院送致決定を受けていること(その後、否認に転じ、抗告、再抗告を申し立てたが棄却され確定)

ということでしょう。上記の3から見て、共犯者とされた5名のうち、犯行に関与した者が皆無とは言えないようではありますが、そうは言っても、上記の1や2から見ると、5名の中に、実際は関与していないものが複数混じってしまっているという可能性はかなり高いと言えるのではないかというのが、決定や判例時報のコメントを読んだ後の印象でした。そういった立証する側にとっては致命的な証拠関係になっていながら、取り消された原決定(大阪高裁)や検察官の抗告のように、上記1のような問題点が、警察が実施した再現ビデオ(共犯者らの中に大きな体格差があっても、防犯ビデオ映像ではほとんど差がないように見える状況を再現したとするもの)を取り調べれば結論が変わった可能性があるなどと言い張って固執しても、この事件の致命的な証拠関係はもはや修復不可能でしょう。典型的な失敗した捜査という印象を強く受けました。
本決定の先例としての意義は、家庭裁判所が事案の真相を解明するにあたりどこまで証拠調べを行うべきか、それを考えるにあたって参考になる事例、ということになると思いますが、田原裁判官が指摘するように、特に少年事件において(少年事件に限りませんが)、この種の迎合型の虚偽自白が安易に量産され真相解明を誤らせるという恐ろしさを、改めて強く感じさせる、その意味では安易な捜査、事実認定について警鐘を鳴らす重要な事例でもあると思いました。