スピード違反公判、偽証容疑で同乗者を逮捕…神戸

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20070727p201.htm

調べに対し、2人は「同乗者で口裏合わせをした」と認めているという。別の知人男性も乗っており、地検は事情を聞いている。
裁判員制度導入を控え、検察側は「偽証は真相の解明を妨げる重大な犯罪。一層厳格な姿勢で臨む必要がある」と、今後も積極的に適用する方針だ。

偽証罪における「虚偽」については、「記憶に反すること」、すなわち、証言者の主観面により左右されるというのが判例、通説であるということもあって、従来は、偽証の疑いがある証言があっても、そういった証言が判決結果に影響を及ぼさなければ(「信用できない」などとして排斥されれば)、それ以上は追及されずに終わる、という傾向があったと思います。逆に、立件されるケースは、そうしなければ偽証が判決結果等に影響を及ぼしかねない、という深刻なケースに限定されていた、ということも言えるでしょう。ただ、そういった手法が裏目に出た例もあり、著名な再審無罪事件である「徳島ラジオ商殺し」では、検察庁主導で捜査が(結果的には誤った方向で)進む中で、重要証人が虚偽供述を強いられ、供述変更を偽証罪の威嚇によって阻まれ、それが冤罪事件を生む大きな原因になってしまうという取り返しがつかない重大かつ致命的なことも起きています。
また、最終的に無罪で確定した甲山(かぶとやま)事件でも、重要証人が偽証罪で起訴され、最終的には無罪で確定していますが、長期間、被告人の地位に立たされ多大な負担を強いられる、ということも起きています。
偽証罪に対し厳格な態度で臨むことは間違いではありませんが、捜査機関が誤ったストーリーに固執し無理矢理維持するために濫用される危険性も常に持っている、ということは、忘れるべきではないでしょう。
無罪事件等で、警察官の証言が偽証、あるいはその疑いが濃厚であるなどと裁判所により指摘される場合がありますが、その後、偽証罪で起訴された、などという話は聞かないことが、偽証罪による立件の一種の恣意性を示している、と言えるように思います。