情報の虚偽入力と電磁的記録不正作出罪

http://sarasa.itigo.jp/archives/2004/11/post_19.html

で、刑法の電磁的記録不正作出罪(161条の2)について論じられており、コメントもついているが、若干、不正確ではないかと思われる部分もあるので、少し説明しておきたい。
刑法161条の2では、このように規定されている。

(電磁的記録不正作出及び供用)
第161条の2
1 人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2 前項の罪が公務所又は公務員により作られるべき電磁的記録に係るときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
3 不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する。
4 前項の罪の未遂は、罰する。

1項が私電磁的記録不正作出罪
2項が公電磁的記録不正作出罪
3項が不正作出電磁的記録供用罪
4項が、3項の未遂罪

である。簡単に言えば、「公務所又は公務員により作られるべき電磁的記録」(公電磁的記録)を不正作出すると2項該当、それ以外の電磁的記録(私電磁的記録)を不正作出すると1項該当、不正作出した電磁的記録を「供用」すれば3項該当で、3項の未遂罪については4項で処罰される(1項、2項の未遂罪は処罰されない)ということになる。
ここでは、具体例として、ある利用者が、「はてな」の登録画面(自己の情報を入力することが求められている)で、虚偽の情報(偽名など)を入力することを想定する。

1 対象は?
 1項の「私電磁的記録」かどうかが問題になる。以下、山口厚先生(東京大学)の「刑法各論」466ページ以下の解説を適宜引用し、引用部分には(山口)とする。
 電磁的記録とは、「電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう(刑法7条の2)。過去の裁判例では、パソコン通信のホストコンピュータ内の顧客データベースファイルの記録が電磁的記録と認定された例があり、「はてな」の情報管理の実態はよくわからないものの、利用者による登録情報入力行為が、電磁的記録(私電磁的記録)を対象にしたものであることは肯定できるであろう。
 上記の裁判例では、顧客データベースファイルが、「事実証明に関する」電磁的記録と認定されており、この点も肯定できると思われる。また、「人の事務処理の用に供される」ものである点も、問題なく肯定できるであろう。
 自己の電磁的記録については犯罪は成立しないが、今問題となっている電磁的記録は、あくまで「はてな」が管理し、利用者に入力権限を付与しているものと見られるから、利用者にとっては、「他人の」電磁的記録に該当すると見るべきである。その意味で、上記のブログのコメント欄で、

刑法の条文中の「人」とは、「他人」を意味しますから、「自分」の電磁的記録に虚偽を記載しても、刑法上は不可罰です

とあるのは、今問題となっている電磁的記録が利用者のものという意味で言っているのであれば(そう読み取れるが)正確とは言えない。
2 「人の事務処理を誤らせる目的」は?
 これについては、「不正に作られた電磁的記録を用いて他人の事務処理を誤らせる目的」(山口)とされている。
 ケースバイケースで判断するしかないが、「はてな」が何らの事務処理にも用いない情報を利用者から求めるとは考えにくいし、虚偽情報(偽名など)の入力の際、そういった目的が皆無ということも考えにくいので、肯定される場合は少なくないと思われる。
3 「不正作出」と言えるか?
 この点が、一番わかりにくい点になる。「不正作出」とは、「電磁的記録の作出権限なく又は作出権限を濫用して記録媒体上に電磁的記録を存在するにいたらしめること」(山口)とされる。
 「作出権限を濫用する」場合が含まれるかどうかについて、学説上、争いがあり、肯定、否定、両方の考え方がある。
 なぜ、このような対立が生じるかと言うと、従来の「文書偽造罪」の「偽造」について、「権限なく他人名義の文書を作成すること」と解されており(有形偽造)、作成権限を濫用して自己名義の内容虚偽の文書を作成すること(無形偽造、虚偽文書の作成)は、例外的に処罰の対象になっているに過ぎず、そのような従来の「偽造」概念を、「不正作出」に読み込んで、作成権限を濫用した場合は該当しない、とする考え方が存在するからである。
 しかしながら、結論から言うと、この点は、肯定説(権限濫用を含める考え方)のほうに分がある。立法担当者の解説によれば、権限濫用も含むと明確に考えていたとのことであるし、山口教授も主張されているように、否定説に立つと、2項の「公電磁的記録不正作出罪」について、権限濫用型の行為が不可罰になってしまうという弊害も生じるので、やはり肯定説のほうが妥当と言える。
 肯定説に立つと、利用者は、「はてな」から与えられた入力権限を濫用して、虚偽の情報(偽名など)を入力していることになり、「人の事務処理を誤らせる目的」が認定されれば、入力により電磁的記録が作成された時点で不正作出罪成立、それが電子計算機において用いうる状態に置かれれば(即座にそういう状態になると思われる)、供用罪(3項)も成立、有罪、ということになる可能性が高い。
4 現実的な処罰可能性は?
 私が知る限り、上記のような行為(自己の登録情報について虚偽情報を入力)が有罪になった例は見当たらない。
 おそらく、仮に違法性が認定されても、それほど高度とは言えないと判断されやすいという側面があると思われるし、深刻な実害が発生しておらず、立件するまでもない、と判断されやすいという側面もあると推測される。
 ただ、分析してみると、以上のような考え方も十分成り立つので、慎重な行動が求められるということは言えると思う。