ヤメ検に関する過去のエントリー

某有名ブログのエントリーに関連して、ちょっとコメントしておきます。

ヤメ検」に刑事弁護を依頼するメリット、デメリット
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20040804#p8
ヤメ検(再)
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070325#1174784330
ヤメ検の“功罪”問う裁判に 田中森一被告初公判
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20090206#1233853284

上記のエントリーを読んでもらうと、私の認識、考え方はわかってもらえるのではないかと思います。私が、その中でどの辺に位置付けられるかについては、ご想像にお任せしますが、「金で動く」タイプであれば、こうやって細々とブログなど書き綴らず、1階に赤ちょうちんがぶらさがった居酒屋が入っているような建物で細々と個人事務所など営まず、ドラマや映画に出てくるような大きな事務所で美人秘書(私の好みで言うと、青山倫子とか吉瀬美智子のような)、大勢のアソシエイト弁護士でも従えて、「この世をばわが世とぞ思う」などと歌でも詠んでいたのではないでしょうか(笑)。
なお、「ヤメ検」というのは、以前、本ブログでも紹介した

ヤメ検―司法エリートが利欲に転ぶとき

ヤメ検―司法エリートが利欲に転ぶとき

の表題にも出ているような、「利欲に転んだ」といった、ネガティブなイメージを多分に含んでいる言葉で、上記のエントリーに出てくるような、人格者を気取りながら見通しが立たない事件で5000万円もふんだくるような元認証官も、私のように「なか卯」で無料チケットで注文したサラダと一緒に牛丼を食べたりしながら細々とやっている者も、一括してそのカテゴリーに入れられてしまう傾向があります。
また、弁護士業界の内部でも、プロパーの弁護士の多くは、元検事の経歴を有する弁護士に「ヤメ検」という言葉を浴びせかけつつ、上記のようなネガティブな印象を抱いている場合が多いという傾向もあります。
マスコミにも、そういったバイアスのかかった見方をしているものがいることは、上記のエントリーで取り上げた記事で、「ヤメ検の“功罪”問う裁判に」などと書いていることからもうかがわれるでしょう。

私立歯大の6割定員割れ、歯科医過剰感か…読売調査

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090418-00000459-yom-soci

大手予備校などによると、受験者が減少した最大の原因は、歯科医師の過剰感。歯科医師数は90年の7万4000人から、06年には9万7000人に年々増加。それに対し歯科医療費の総額は伸びておらず、過当競争が目立つ。開業が難しいため、若手の歯科勤務医の場合、年収300万円以下というケースもあり、「かつての高収入のイメージが崩れている」と予備校関係者は指摘する。

現在の法科大学院制度の下における法曹界の状況と驚くほど似ていますね。歯科医師が増えて、それだけ国民にとって利便性が高まったかというと、そういう実感も、少なくとも私にはありません。
この種の制度設計は、人が増えれば競争が行われ皆がハッピーになるといった妄言に惑わされず、慎重に行わないと、世の中に食い詰めた弁護士や歯科医師があふれてしまうという悲惨な結果になりかねず、実際、既にそういったことになってしまっているということでしょう。

消防士、実は高所への恐怖感強い 東北大教授ら調査

http://www.asahi.com/national/update/0419/TKY200904180236.html

人間が抱くさまざまな恐怖は、危険を回避するために進化の過程で獲得してきた「安全弁」だ。女性がネズミや虫を怖がるのは、子どもへの危害に気をつけるという注意喚起。高所への恐怖は、狩猟の時むやみに高い木に登らないよう、男性に強く植えつけられたといわれる。
同市青葉消防署特別消防隊の佐々木勝博隊長(53)は「それなりに現場を踏んだ30歳すぎに、10メートル以上の高いところが怖くなった記憶がある」と話す。仁平教授は「恐怖に打ち勝って高所で炎と闘う消防士は、やっぱり本物のヒーローだ」。

男性よりも女性のほうに、高いところが平気という人が多いという印象を持っていましたが、上記の記事にある、「狩猟の時むやみに高い木に登らないよう、男性に強く植えつけられた」という話を聞いて、なるほどとうなずけるものがありました。
その意味で、消防士(女性もいるかもしれませんが、その多くは男性でしょう)にかかっているストレスにはかなりのものがあるということも言え、そういった側面を意識した精神面でのケアも欠かせないと言えるように思います。

今日のサンデープロジェクト(テレビ朝日系)の特集

先ほど、放映されていたのを見ましたが、福井で発生した殺人事件(再審申立中とのこと)、有名な草加事件について、検察官による証拠開示が極めて不十分であったために真相解明が阻害されたのではないかという観点で構成されていて、なかなか見応えがありました。福井事件については、1審の公判に立ち会っていた検事と、私はあるところで一緒に勤務したことがあり、事件の詳しい話までは聞きませんでしたが、有罪であることにかなり自信を持った口ぶりであったことが、特集を見ながら思い出されました。
証拠開示の問題は、古くて新しい問題と言っても過言ではなく、かつて出た最高裁の著名な判例により、裁判所の訴訟指揮によりケースバイケースで解決するというスキームの中で実務は運用されてきましたが、検察庁の姿勢が開示を極力行わないということで頑なであったことや、裁判所が証拠開示というものに消極的な傾向を強く持っていたことなどから、特に、上記の特集の福井事件で問題となったように、犯行現場の写真すら出てこないという極端な事例(あまりにも極端で私も見ていて呆れましたが)すら生じてしまったという側面があるように思います。
既に実施されている公判前整理手続の中では、弁護人から検察官に対し、様々な証拠開示請求が可能になっていて、以前に比べるとかなりの改善はありますが、「全面」証拠開示という制度ではないだけに、重要、決定的な証拠が開示の対象から漏れているのではないかという疑念は払拭できませんし、そういった疑念について、裁判所ですら確認ができず、検察官の判断に委ねられているだけという現状は、やはり、根本的に欠陥を抱えていると言われても仕方がないでしょう。
公判前整理手続が採用されない事件では、従前からある上記のようなスキームで、今後も運用されるという状況にあり、すべての刑事事件に通じる抜本的な改革というものを早急に行わないと、今後も証拠開示を巡る不毛な争いが続くことは目に見えています。そういった不毛な争いが、真相解明の阻害や冤罪を生む可能性がある以上、国会、最高裁法務省日弁連といった、この問題に関係する人々は、座視すべきではなく改革へ向けて動くべき責務があると言えるように思いました。
草加事件に携わった検事が、弁護士に転じ、よくバラエティー番組などに出ていますが、サンデープロジェクトからの取材依頼に対し、守秘義務を理由に取材を拒否したことが特集中で紹介されていました。それを見て、すでに「秘密」ではなくなったことについて話すこともできないのか、バラエティー番組でお笑い芸人などとふざけて笑いを取ったりすることはできても、こういった真面目で刑事司法の根幹に関わるような問題について真摯に対応し可能な範囲内(例えば書面で回答するとか)で取材に応じることすらできないのかと、疑問を感じましたが、こういった疑問を感じたのは、おそらく私だけではないでしょう。
特集で紹介されていたように、草加事件では、犯人とされた少年達の中には存在しない血液型の者が犯行に関与した可能性が非常に高く、家裁送致前の捜査の中でその事実が判明していた以上(それは特集中でも紹介されていました)、少なくとも、勾留満期の時点で事件を身柄付きで家裁に送致すべきではなく、身柄は一旦釈放した上で、その点に関する捜査を尽くして事件の取り扱いを決めるべきであったと言えると思います。捜査の結果が嫌疑不十分であれば、家裁に送致せずそこで不起訴処分にして刑事事件は終わらせるべきであり(嫌疑不十分、嫌疑なしについては不起訴処分として家裁には送致しないのが実務です)、その点の解明を怠ったまま、漫然と身柄付きで家裁送致したというのは、検察庁の重大な過誤であり、そういった過誤をきちんと総括しないまま、捜査に携わった元検事が取材を拒否してお茶らけたバラエティー番組などに出ているのであれば、その姿勢を批判されてもやむを得ないでしょう。

住銀事件の近藤受刑者が病死=短銃所持で服役中−名古屋支店長射殺

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200904/2009040800859&rel=y&g=soc

事件は94年9月14日朝に発生。住友銀行名古屋支店長の男性=当時(54)=が名古屋市千種区の自宅マンション玄関前で、何者かに短銃でみけんを撃ち抜かれ死亡した。
近藤受刑者は同年11月、射殺事件に使われた短銃を持ち大阪市の同行本店(当時)を訪れ、銃刀法違反容疑で現行犯逮捕された。
いったんは事件への関与を認める供述をしたが、その後は否認。95年7月、銃刀法違反などの罪で懲役7年の判決を受け、収監された。

私は、94年4月から95年3月まで、名古屋地検刑事部に在籍し、一般事件を担当しつつ、財政経済係の補助ということで、贈収賄事件や脱税事件などの捜査にも携わっていましたが、私がいた部屋のすぐ近くで、別の検事が、この被疑者を取調べていたことが思い出されます。今では検事正クラスになっているさらに別の検事が主任検事でしたが、捜査は難航していたようで、ここではとても言えないような、深い底なしの闇へとつながるような話が漏れ伝わってきていたことも思い出されます。
支店長射殺事件は、発生後、既に14年以上が経過し、今年の9月で公訴時効が満了してしまうという状況になっていますが、いずれ、本ブログの「時効警察」カテゴリで取り上げることになりそうです。