<大坂の陣>迫真ルポ 秀頼が裏切り者を城壁から突き落とす

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160921-00000113-mai-cul

「秀頼の数人の大名が、赦免が得られると考え、皇帝(徳川家康)側に寝返るために城に火を付けたが、彼らは逃げる前に秀頼によって、その場で(城壁から)落とされて死んだ。また、その火事を消すことは不可能であったため、戦う勇気を失っていた秀頼と他の大名たちは切腹し、それによって皇帝は(中略)城を奪還した。(中略)秀頼の家臣のうち兵士やその他の者約1万人が死んだ」などと書かれている。
大阪城天守閣大阪市)の跡部信・主任学芸員は「秀頼の家臣が裏切ったという記述は他の文献にもあるが、城壁から落としたという記述は見たことがない。外国人の目を通した客観的な記述という点でも意味がある」と評価する。

落城当時の大坂城は大混乱に陥っていて、従来、発見されていなかった史料に、こうした落城時の、知られざる状況が書き残されていることは大いにありうることだろうという気がします。史実でも、大坂城内にいた内通者が放火して炎上したことはわかっていて、そのような動きが、より広範囲なもので、しかもそれが露見して豊臣方から制裁を受けたことは、当時の状況から見て十分にあり得るでしょう。
NHK大河ドラマ真田丸」で、大坂の陣が、特に夏の陣がどのように描かれるのか、戦国最大の合戦であるだけに、興味深いものがあります。