国家機密と刑事訴訟 特定秘密保護法案の刑事手続上の論点

本日、上記のテーマで、参議院議員会館において講演しました。
以下は、その要旨です。
1 視点
特定秘密保護法案(以下「法案」という)については、様々な問題が指摘されているが、刑事手続において、現実にどのようなことが起きるか?いかなる危険性があるか?ということを、現行の刑事実務に即して考えておくことは必要であり意味がある。以下、このような視点で検討を加えてみる。
2 捜査はいつ、どのようにして始まるか?
一般の刑事事件では、警察による犯罪の認知や被害者による届出、相談から捜査は開始される。その後の捜査に問題が生じることはあっても、犯罪(的事象)が、まず存在し、そういった対象への捜査には必要性、合理性があるのが普通。担当するのは刑事部(警視庁刑事部東京地検刑事部)。
これに対し、法案が想定する各種犯罪行為は、高度の政治性、そうであるが故の特殊性を有する可能性が高く、いわゆる「公安事件」として、取り扱うのも、公安部(警視庁公安部、東京地検公安部)になる。
このような公安事件では、「犯罪があるから捜査する。」だけでなく、

「捜査すべき組織や人がいるから捜査する。」
「捜査することに意味、意義がある。」
「捜査により組織や人に打撃を与える。」

といった、政治的、恣意的な捜査が行われることがある。例えば、出前のチラシを集合住宅にポスティングしても誰も立件されないが、政治的な主張を記載したビラをポスティングすれば立件(建造物侵入等)されるケースが出てくるなど。
このような公安捜査の特徴(危険性)に、後述するような、法案での犯罪構成要件が、「秘密」に関わる行為を広範囲に処罰対象にしていること、また、未遂犯、過失犯まで処罰対象としていることから、

「特定の対象に対し捜査を遂行する意図」

があれば、起訴が難しくても様々な切り取り方により立件が可能になる。公安捜査経験者であれば、捜査権限を発動しやすいという印象を持つ法案。
3 犯罪構成要件のどこに問題があるか?
「手続」の問題を検討する前提として、各構成要件について概観しておく。
法案23条
・主体
特定秘密の取扱いの業務に従事する者
提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者
・行為
特定秘密の漏えい
・罰則
10年以下の懲役、又は情状により10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金(特定秘密の取扱いの業務に従事する者)
5年以下の懲役、又は情状により5年以下の懲役及び500万円以下の罰金(提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者)
なお、未遂犯も処罰され(処罰については刑法の規定により任意的減軽にとどまり既遂犯と同様の処罰も可能)、過失犯も処罰される(最長で2年以下の禁錮または最大50万円以下の罰金)。
未遂犯とは、犯罪の実行に着手し(実行の着手とは「結果発生の現実的危険性のある行為を開始すること」)、結果(特定秘密の漏えい)が生じていない状態を言う。「危険」ありと評価される行為の開始だけで犯罪になるので些細な行為が処罰対象になり得る。
過失犯とは、秘密の漏えいを認識、認容することがないまま過失(注意義務違反)により漏えいさせてしまうものを言う。ついうっかりも処罰される。
未遂犯、過失犯が処罰されることで、それだけ処罰範囲は大きく広がることにもなる。
法案24条
・主体・行為
外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的で、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者
・罰則
10年以下の懲役、又は情状により10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金
なお、未遂犯も処罰される。
なお、24条では、

「その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為による特定秘密の取得行為」

が処罰対象とされているところ、「管理を害する行為」が何かは曖昧、不明確であり、「管理」概念を広く捉えることにより、些細な行為が「管理を害する行為」と、少なくとも捜査段階での令状発付等の場面で決めつけられる恐れは多分にあろう。
衆議院での修正で、「外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的」が付加されているところ、このような目的要件は犯罪の成立をそれなりに限定する効果はあろう。
ただ、

「外国の利益を図る」
「我が国の安全を害すべき用途に供する」

といった文言には曖昧さがつきまとう。
法案25条
・主体・行為
23条、24条に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者
・ 罰則
3年以下、または5年以下の懲役
「共謀」・・・犯罪の実行について合意すること
 法務省は、具体的、現実的な合意を要するとするが、刑事実務では「黙示の共謀」も共謀に含まれるとされ、かなり広範囲に共謀が認定されている現実がある。暴力団の組長と護衛役との間に黙示の共謀が認定されたケースも(いわゆる「スワット事件」)など。
「教唆」・・・犯罪の決意をさせるようはたらきかけること
「煽動」・・・犯罪に及ぶようあおること(勢のある刺激を与える行為をすること)
例えば、インターネット上で、公務員に対して国民に有益な情報の提供を広く呼びかけるような行為が「煽動」と評価される可能性がある。表現の自由との均衡を図るため「明白かつ現在の危険」を要するとして絞りをかける考え方もあるが判例は採用しない。
刑法上の教唆犯は、正犯が実行行為に着手しない限り処罰されないが、こうした特別法における教唆犯は、教唆行為があれば処罰可能で、処罰範囲はより広い。
4 法案自体の中に歯止めはあるか?
法案では、
第22条
1 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、 国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあっては ならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。
2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。
とされている。
しかし・・・
1項のようなスローガン的な規定は、他の法律でも時折見られる。

例(破壊活動防止法第2条)
この法律は、国民の基本的人権に重大な関係を有するものであるから、公共の安全の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべきであつて、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあつてはならない。

しかし、「あってはならず」とっても、それは当然のことで、法規範としての実効性はないと言っても過言ではない。「戦争があってはならない」と言っても戦争が起きることの歯止めには何もならないのと同様。
「十分な配慮」も、何が十分な配慮なのかは曖昧不明確で、これも、法規範としての実効性はないか、極めて乏しいものでしかないと言わざるを得ない。
捜査経験に照らしても、捜査の暴走への歯止めにはならない。
「報道または取材」に限定する方法論もかなり問題で、国民が主権者として様々に(例えば市民運動など)行政の保有する情報にアクセスしようとする行為への配慮が見受けられない。
「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為」とあるが、業務として行っていなくても、例えばブロガーなど、不特定多数に事実を伝えようとする人は増加していて、どこで線引きをするのか、線引きの枠外にあっても、正当な権利行使の一環として行動した人を枠内の人とことさら区別する意味があるのか、かなり疑問。
「法令違反」「著しく不当」というのも、曖昧不明確。
例えば、
・ 午後5時以降は部外者立入禁止(日中は出入自由)の建物に、午後5時以降に記者が立ち入って取材(建造物侵入罪?)
・ 取材先に立ち入るため身元を隠そうと考え訪問票に偽名を書いて立ち入った(私文書偽造・同行使罪?)
というような場合に、取材目的が正当で平穏に活動していても法令違反ありとして正当な業務と見ないのか、法令違反を形式的に捉えれば処罰範囲は大きく広がる。
「著しく」とは何が著しくに該当するのか、も問題。
いわゆる西山記者事件最高裁決定(最決昭和53・5・31)は、国家公務員法上の秘密漏えいの「そそのかし」について

「その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会通念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである」

とするが、そこで論じられているのは、あくまで「正当」「不当」であり、不当を超える「著しく不当」とは何かが判示されているわけではない。
したがって、従来の判例が何らかの歯止めになるわけでもない。
5 捜査はどのように行われるか
様々に考えられるが、ざっくりと3類型に分けてみる。
・監視・内偵から立件パターン
警察当局は、様々な組織、人を、警察当局の判断、基準に基づいて監視し内偵を行っている。その過程においては様々な情報提供者(中には「エス」と呼ばれる組織内情報提供者もいる)からも情報を入手する。そこから、立件へと結びつく(結びつける)ケースは従来も立件例があり、今後も一定数出てくるはずである。
中には、証拠の乏しさから起訴までは難しいものの、既に行った監視・内偵を無駄にせず組織、人に打撃を与えて、今後の情報への関与を防止する、といった立件(政策的立件)もあり得よう。見立てが間違っていれば、関係者に甚大な悪影響を及ぼすことになる。
・内部調査や内部情報により立件パターン 
行政機関の内部調査、内部情報(例えば内部抗争の挙句に抗争の一方が他方を打倒するため警察にタレこむなど)に基づき立件される、というケースもあり得よう。
警察が得た情報の内容によっては、立件したものの捜査が進捗せず、無理な捜査(根拠薄弱なまま捜索差押が濫用され、その対象に報道機関、報道関係者も含まれるなど)へとつながりかねない。
・特定秘密が報道等により外部へ出ていることが判明し立件されるパターン
西山記者事件のようなパターン(報道により秘密漏えいが露見→捜査開始)である。
特に、このようなケースでは、秘密漏えいの経緯、漏えい元に関する捜査が徹底して行われることになる。報道により外部への漏えいが明るみになったのであれば、報道機関や報道関係者に対する捜査が行われることになる。
6 報道機関へいかなる捜査が?
法案に関する政府答弁では、報道機関への捜索・差押が行われないかのようなものもあったが、従来の判例では、報道機関への捜索・差押は表現の自由(取材の自由)との関係から慎重に行われるべきとしつつも、捜索・差押自体は許容している。
例えば、最決平成2年7月9日(TBSビデオテープ押収事件)で、最高裁は次のように述べている。

差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきである。

その背景には、我が国の刑事訴訟法で、報道機関、報道関係者に、情報源(ニュースソース)に関する押収拒絶権や証言拒絶権(弁護士等の一定の職にある者やあった者には認められている)が認められていない、という問題がある。
したがって、捜査の中で、報道機関や報道関係者(自宅等)への捜索・差押は十分に行われる可能性があるし、情報源を明らかにするため、報道関係者が被疑者ではなく参考人であっても取調べが要請されることも十分あり得る。
取調べを拒否した場合、刑訴法226条による公判前の証人尋問が行われることもあり得、その際、証言拒絶権がないことから、報道関係者は情報源についても証言義務を負うことになる。
このように、我が国では、刑事法制上、報道機関による取材、情報源秘匿についての法的保護が希薄で、その上での秘密保護法成立は、さらに報道機関を窮地に陥らせる可能性が高い。
7 特定秘密に関する刑事公判はどのようなものになるか
刑事公判を行う上で、特定秘密をどのように取り扱うかは大きな問題となろう。
起訴状の公訴事実では、問題となる犯罪構成要件上の行為対象となった特定秘密であることが識別できれば、その性質上、秘密の内容自体を記載する必要はない、という取扱がされる可能性は高い。検察官は、それが「特定秘密」であることを、外形として立証する(秘密の中身は秘匿しつつ)ということになろう。
ただ、このような取扱い、立証には、
・ 被告人が否認している場合や、既遂犯以外で秘密 漏えいの結果が生じていない場合に、特定秘密の内容が明らかにされないため、被告人の防御権行使に支障を来す
・ 故意犯として起訴された場合に、「特定秘密」についての認識・認容が問題にされているにもかかわらず、具体的に明らかでないため、外形立証の限度でしか問題にできず刑事公判が形骸化する
といった問題が生じる可能性はある。
この点、法案10条では、

刑事事件の捜査又は公訴の維持であって、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第三百十六条の二十七第一項(同条第三項及び同法第三百十六条の二十八第二項において準用する場合を含む。)の規定により裁判所に提示する場合のほか、当該捜査又は公訴の維持に必要な業務に従事する者以外の者に当該特定秘密を提供することがないと認められるもの

への提供を認めているが、被告人・弁護人が内容を知ることはそもそも想定されていない。
8 最後に
以上、刑事面での若干の検討を行ってみたが、法定刑も重く、その処罰範囲の広範さや捜査権限濫用の危険性にも軽視しがたいものがあって、報道機関への影響も、具体的な事件によっては多大なものがあり、その歯止めもない、というのが実情である。
捜査経験者として(公安捜査にも関与したことがある身としては特に)強い危惧観を覚えるものがあり、慎重な議論、審理が不可欠であると考える。