http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=main&NWID=2006121301000192
懲役1年という求刑に対し、懲役刑を選択せず罰金刑にした裁判所の判断理由は何なのでしょうか?有罪は認定するものの、検察庁が考えているほどは悪質とは言えない、という判断によるものかもしれません。
判決文を早く見てみたいですね。
追記:
「ウィニー」裁判、判決要旨
http://www.asahi.com/national/update/1213/OSK200612130057.html
私自身、有罪判決になる可能性のほうが高いであろうと予想しており、その際の根拠として、公判で検察官がしきりに強調していた「著作権侵害の蔓延」を被告人が積極的に意図していたことを強調し(警察官調書に沿って認定しつつ)、そのような積極的な意図まではない事案とは違う、といった運びにするのではないかと考えていました。
それだけに、判決が、上記の判決要旨にあるように、「ウィニーによって著作権侵害がネット上に蔓延(まんえん)すること自体を積極的に企図したとまでは認められない。」と認定したことは意外でしたし、それにもかかわらず、有罪という結論を導いたことも意外でした。
では、判決が、この種事案にあって有罪とそうでないものの分水嶺をどこに求めたか、というと、上記の判決要旨にあるように、
外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様によると解するべきである。
という点にあるようです。
しかし、良い方向にも悪い方向にも利用されうる優れたソフトウェアを開発、提供した場合に、「現実の利用状況」というものをいかに認定するかには困難がつきまとうと思われる上、そういった状況についての認識や、提供する際の主観的態様といった曖昧模糊としたものに犯罪の成否が左右されるということになると、予測可能性というものが担保されず、結局、警察、検察庁、裁判所が有罪と考えたものが有罪になる(そうなるまで何が有罪になるのか誰にもわからない)、という、一種のブラックボックス状態になりかねないでしょう。
ウイニーの場合、悪用事例が多かったことが、本件における有罪認定を強く支えているように見えますが、判決はウイニーの技術自体の有用性や価値中立性を肯定しており、この種のソフトウェアがバージョンアップを繰り返しながら、より優れたものとなって行くという実情に照らすと、たまたま悪用事例が多くなれば開発継続やバージョンアップもできなくなる(幇助になるので)、ということになりかねず、今後のソフトウェア開発を行う上での悪影響も憂慮されるところです。
既に本ブログでもコメントしてきたように、こういった点について、裁判所が今後の指針になるような明確かつわかりやすい判断を示すことを私は期待していましたから、この被告人が有罪になる一方で、ウイニーの使い方などを今でも雑誌や書籍で大々的に紹介している人々等が不問に付されていることについての答えが何も見出せない判決には、率直に言って失望を感じずにはいられませんでした。
なお、検察官による懲役刑・禁錮刑の求刑に対し、裁判所が罰金刑を選択した場合、検察庁内では控訴の要否を検討するのが通例でしょう。京都地検が、この判決に対して控訴するという可能性も現実にあると思います。
今回の判決は、一つの通過点に過ぎず、熾烈な闘いは今後も続く、ということになるでしょう。