新任検事の頃(続)

検事に任官して1年目に、ちょっとした傷害事件の配点があった。知人同士のトラブルによるもので、被害者は、殴打されたことによる視力低下を訴えていた。被疑者側にかなり非があると思われる事案で、検事に任官して張り切っていた(?)私は、被疑者を厳しく追及していた記憶がある。
ところが、である。
被害者の傷害について、何が切っ掛けだったかは覚えていないが、被害者の主治医に電話をかけて聞いてみたところ、「視力検査をする都度、言うことが変わる。視力低下じゃないですね、あれは。」とのことであった。それなら、診断書にそう書けよ、と言いたくなったが、その医師なりに考えた結果、聞いてきた検事にこっそり打ち明けてくれたのだと思う。
被疑者のほうは、視力低下を信じているので、かなり破格の条件で示談をして、最終処分を決する、という段階になり、私なりに考えて、罰金刑ではどうかと、刑事部の副部長のところへ決裁のため行き、上記のような事情を正直に話したところ、非常に怒られて(今から思うと当然であるが)、「罰金をとりたかったら、君が罰金を払ってやれ」などと、こっぴどく叱られ、結局、その被疑者は起訴猶予処分にした。
被害者に一杯食わされたような格好になり、後味は悪く、また、副部長にひどく叱られて、その時はがっくりきたが、同時に、被害者供述の信用性を吟味する必要性を痛感させられ、その後は、被害者保護に努めつつも、そのことと話を「鵜呑み」にすることは別問題であるという意識を常にはたらかせることができ、幸い、退職まで、同様の失敗を繰り返すことはなかった。
上記のように、副部長に怒られ叱りとばされているところだけを抽出すると、新任検事に対する一種の「いじめ」のようにも見えるが、今思い出しても、あそこは副部長としても強く叱っておくべきところだったと思うし、変に猫なで声で「まあ、こんなこともあるよ、気にしないでいいよ」などと言っていたら、私の印象にも残らず、その後、もっと大きな失敗をしたかもしれない、とも思う。
私自身、他人の指導をしたことがなくもないが、強く言われて奮起するタイプもいれば、逆に意気消沈して崩れてしまうタイプもいて、指導というのは非常に難しいものである。秘訣も何もないが、私なりに感じるのは、指導する者もされる者も、相互に、顔を合わせれば笑って挨拶ができる程度の、それなりに良好な人間関係を構築する、ということが必要ではないか、と感じている。

追記:

上記のエントリーとは直接関係ないが、検事に任官して数か月で、約10キロ体重が減ったことを思い出した(生命保険に入ろうとして、そのことを保険の担当者に告げたところ、非常に驚いていた、別に自殺を考えたわけではないので念のため)。私の場合、検事を5年やって、モノにならなかったら辞めようと思っていたので(結局、11年余りやってしまったが)、1年目に辞めようと思った記憶はないが、それなりに大変だったのだろうと、振り返ってみて感じたことを追記しておく。