毒物カレー事件:最高裁第3小法廷の判決理由(要旨)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090422k0000m040143000c.html

被告が犯人であることは(1)カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜ヒ酸が被告の自宅などから発見されている(2)被告の頭髪からも高濃度のヒ素が検出されており、その付着状況から被告が亜ヒ酸などを取り扱っていたと推認できる(3)被告のみがカレーの鍋に亜ヒ酸をひそかに混入する機会を有しており、被告が調理済みのカレーの鍋のふたを開けるなど不審な挙動をしていたことも目撃されている−−ことなどを総合することによって、合理的な疑いを差しはさむ余地のない程度に証明されていると認められる。

本件が有罪になった最大の決め手は、犯行に使用されたものがヒ素という特殊な薬物であり、しかも、使用されたヒ素について、被告人の自宅にあったものとの同一性が認定されたことでしょう。その点を中核として、他の様々な状況証拠を積み重ねることで有罪認定が導かれているものと思われますが、やはり、中核部分が、被告人の犯人性を認定する上で大きく影響したという印象を受けます。
状況証拠による認定が求められるケースの多くでは、そういった「核」となるものが存在しないことも少なくなく、そうすると、犯人性を認定するには微弱な個々の証拠をつなぎ合わせ、積み重ねることで、どこまで認定できるのかという問題に直面することになります。
その意味で、毒物カレー事件は、状況証拠による認定が問題になったものとしては、認定が比較的容易であったという評価も可能ですが、上記のような「核」となる証拠が存在しないパターンの場合、認定には困難が伴い、特に裁判員が加わったような場合は、認定にかなり難渋するということも起きてくるでしょう。

児童ポルノをインターネット・オークションの落札者にあてて外国から郵送した行為が,「不特定の者に提供する目的で《外国から輸出したものといえるとされた事例判例タイムズ1289号 [2009年4月15日号]

http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20090414#1239630713

私は、判例時報2032号160ページ以下に掲載されているものを読みましたが、弁護人であった奥村弁護士の上記エントリーが参考になります。
最高裁(平成20年3月4日最高裁第二小法廷決定)は、

本件輸出行為は、上記DVDの買受人の募集及び決定並びに買受人への送付という不特定の者に販売する一連の行為の一部であるから、被告人において不特定の者に提供する目的で児童ポルノを外国から輸出したものというを妨げない。

と判断し、判例時報のコメントでも、古い判例を持ち出して、

「輸出行為」という実行行為が、児童ポルノを不特定の者に提供するという目的に、いわば導かれて行われていれば、このような目的で輸出したといえるものとの理解を示したものと思われる。

などとしていますが、かなりの「こじつけ」という印象を強く受けました。
そもそも、インターネットオークションへの出品は、バーチャルなものであって、一種の広告掲載でしかなく、最高裁の論法では、例えば、新聞広告で書籍の広告を出した時点から「不特定の者に販売する一連の行為」が始まったということにもなりかねませんが、犯罪の成否を考える上で、そこまで対象を広げるのは相当とは思えません。
落札者が出て、そこから販売、輸出行為が始まると見るのが常識的で、その時点では相手方は特定していますから、それを、「不特定の者に提供する目的」があると認定するのは、やはり、いかにも不自然でしょう。
最高裁の上記のような解釈では、目的犯の目的というものが犯罪の成立を限定する機能を有しているということを没却してしまい、構成要件の人権保障機能というものを著しく損なう恐れすらあるのではないかと思います。
児童ポルノというと、奥村弁護士など極めて限られた人々がマニアックに取り組んでいて、大多数は無関心ということになりがちですが、さりげないところで、こういったかなり問題のある判例が出ている場合もあるということは認識しておくべきでしょう。

追記(平成22年6月8日):

渡邊卓也・判例評論616号(判例時報2072号206頁)

第2次大戦の英戦闘機落札…2億5000万円で

http://www.zakzak.co.jp/top/200904/t2009042146_all.html

スピットファイアは大戦時、ドイツの戦闘機メッサーシュミットと「バトル・オブ・ブリテン」と呼ばれる空中戦を繰り広げ、英軍に勝利をもたらしたとされる。落札された戦闘機は修理を経て現在も飛行可能。

スピットファイアは、以前、ニュージーランドへ行った際、オークランドにある博物館で展示されているものを見たことがあります。同じ場所に零戦も展示されていて、歴史的な名機を同時に見ることができ、得をした思いがしたことが思い出されます。零戦はそれ以前にも見たことがありましたが、スピットファイアを見るのはその時が初めてであったので、これがバトル・オブ・ブリテンを戦い抜きヒトラーの野望を打ち砕いた名戦闘機なんだな、と思いつつ感慨深く見学した記憶があります。
上記の記事で紹介されているスピットファイアは飛行可能とのことですから、飛ぶ姿が撮影されDVD等で売り出されれば買って見てみたいと思います。

弁護士準備、危機的地域も=8県など「スタッフ」不在−裁判員制度開始まで1カ月

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009042000426

日弁連は「準備は整った」と自信を見せるが、各地の日本司法支援センター(法テラス)に常勤して国選弁護などの応援をする「スタッフ弁護士」が8県・地域で不在など、対応に遅れも目立ち、「危機的状況」を指摘される県もある。

特に深刻なのが千葉。弁護士数は約430人だが、昨年の対象事件数は東京、大阪に続く172件。1000人を超える愛知や神奈川より多い。

一瞬、千葉に登録換して、裁判員裁判専門弁護士でもやろうかと思いましたが、弁護士数が多くない地域、その割に裁判員制度対象事件が多い地域は、今後、苦しい状況が続くでしょう。公判前整理手続をやってみるとよくわかりますが、特に争いがある事件については、弁護人にかかる負担はかなりのもので、それなりの経験、力量がないと、裁判として成り立たないということにもなりかねないでしょう。
元々、数々の致命的な欠陥を抱えた制度ですから、支える人材の不足、という点でも、制度の命脈が尽きるのは早いかもしれません。

弁護人が控訴趣意書出さず、裁判打ち切り

http://www.asahi.com/national/update/0422/NGY200904210010.html

関係者によると、弁護人=愛知県弁護士会所属=は控訴後の昨年12月に選任され、控訴趣意書の締め切りを、当初の1月7日から延長するよう申請したという。高裁は締め切りを3月23日に延長したが、弁護人は当日になって再度、延長を申請。これを受け、高裁は同30日まで再延長した。しかし、弁護人は同24日、3度目の延長を申請。高裁が不許可の決定を出すと、同26日付で弁護人を辞任したという。
高裁は3月31日付で控訴棄却決定を出した。弁護人は4月になって再度、選任され、控訴棄却決定に対する異議を申し立てたという。

どういった事情があったのかはよくわかりませんが、高裁が、1月7日から3月23日、さらに同月30日へと提出期限を延長していることもあり、後に補充することを予定していても構わないので、控訴趣意書としての体裁が一応整ったものは、やはり出しておくべきだったのではないかと思いますね。
こういった事態になると取り返しがつかなくなるので、取り返しがつかなくなるようなことにならないようにする、ということは、実務家である以上、考えなければならないという印象を受けます。