紅白視聴率、過去2番目の低さ 2部の40%割れ3回目

http://www.asahi.com/culture/update/0102/TKY200801020080.html

関東地区は第1部(午後7時20分〜9時25分)が32.8%、第2部(同9時半〜11時45分)が39.5%だった。第2部としては、06年の39.8%をわずかに下回り、04年の39.3%に次ぐ過去2番目の低さを更新した。40%割れは3回目。

私自身は、第一部、第二部と紅白を観ましたが、なかなかよく考えられて作られている、という印象で、かなり楽しめました。美空ひばり坂井泉水といった今はなき人々が映像で出演し、再び蘇ったかと思うほどで、心に残る紅白でもあったように思います。
かつてのように、国民がこぞって紅白を観る、という時代ではなく、30パーセント、40パーセントもの視聴率が取れれば、十分過ぎると言っても過言ではないでしょう。「低迷」などという見当違いな評価は気にせず、来年以降も、今を、昔を、いろいろな歌で感じつつ一年を終えることができる、質の高い「紅白」にしてもらいたいものだ、と思います。

小沢邸新年会に150人参加 政権獲得視野に入った影響か

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080102/stt0801022041002-n1.htm

新年会の会場は小沢邸の2階の50畳ほどの部屋で行われ、おせち料理と小沢氏お気に入りのにごり酒など各種のお酒がふるまわれる。小沢氏のあいさつの後は無礼講となり、小沢氏の周りには入れ代わり立ち代わり、人が集まり、小沢氏と意見交換をし、会場は大にぎわいとなる。今年も午後1時から始まり、宴は4時すぎまで続いた。

ハイエナやピラニアが、血の匂いを敏感に嗅ぎつけ集まって来るように、人は権力の匂いに敏感ですから、民主党のさらなる躍進を予想して、四方八方から人が群れ集まってきたのでしょう。上記のような小沢氏の姿に、同氏が師と仰いだ田中角栄元首相の姿が重なるように思うのは、私だけでしょうか。
こういう場に集まる人々は、権力というものに対し、動物的な勘、鋭敏な神経を持っているものであり、政界の今後を占う上でも重要な動きと言えるように思います。

<北方事件>佐賀県警が鑑定細工か

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080103-00000010-mai-soci

関係者によると、県警科学捜査研究室(科捜研)は事件発覚直後、被害者の一人で縫製会社勤務の女性工員(当時37歳)の胸部に付いた唾液(だえき)からA型の血液型を検出。下半身に付着した体液は当初、O型とされた。捜査本部は女性工員と交際中で、血液型がA型の元運転手を4日連続で事情聴取するとともに、被害者周辺にO型の男性がいないかについても大がかりに捜査を進めた。
しかし、同年10月に元運転手が覚せい剤取締法違反で逮捕・起訴され、起訴後の「任意」(のちに裁判所が違法捜査と認定)の取り調べで3人殺害について追及したところ、計65通の「上申書」で「自供」。この直後、県警はO型とされた体液について、外部の鑑定医に付着時期の鑑定を依頼し、事件当日ではなく約1日前に付着したとの鑑定結果を得た。
こうしたことから検察側は、女性工員が事件当日にO型の男と接触していれば元運転手の「自供」と食い違いが生じるため、捜査本部がつじつまを合わせようと付着時期の鑑定に「細工」をしたと判断。控訴審の際、福岡高検を中心に鑑定のやり直しを検討したものの、裁判所から証拠として認められないとの意見が出て、実施は見送られたという。

そもそも、体液等の「付着時期」の鑑定が可能なのか?ということが疑問ですね。鑑定の余地が仮にあるとしても、気温や天候等により大きく左右されるようにも思われ、「約1日前に付着した」などと鑑定することがそもそも可能であったのか、という疑問を強く感じます。
どういう鑑定でも同様であると思いますが、鑑定の中身をしっかりと見るだけでなく、鑑定受託者の立場も、十分吟味する必要があります。頼まれれば、頼んできた側の意に沿うように、偽札作りが偽札を作るように、でたらめな鑑定書を書く、という人はかなりいるもので、十分注意を要するものです。上記の「外部の鑑定医」がどのような経緯で鑑定書を書いたかはわかりませんが、検察庁に「細工」と判断されたくらいですから、かなり怪しげな鑑定であったことは間違いないでしょう。
客観証拠、鑑定の評価で失敗してがたがたに崩れてしまった事件は数多くあり(草加事件など)、可塑性のある若手検事は、こういった失敗例からよく学んでおくべきだと思います。

草加事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E5%8A%A0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

東郷外相と嶋田海相

年末の新聞を整理しながら読んでいたところ、12月30日・朝日新聞朝刊(12版12、13面)「歴史は生きている」で、日米開戦間際の日本側の動きが振り返られていました。
日米開戦後、前面に立って戦うことになるだけに、必敗を強く主張し戦争回避へと動くべきであった海軍でしたが、嶋田海相は、10月30日の時点で、「数日来の空気を総合して考えると、この大勢は容易に挽回できない」などと弱気なことを述べ、早々に、開戦への抵抗を放棄します。
その一方で、東郷外相は、開戦回避へ向けて最後まで努力し、対米最終案(甲案)とは別に、乙案を考え、その中で、米国による対日石油輸出禁止を招いた南部仏印進駐につき、北部への撤収と引き換えに米国による一定量の石油輸出を認めることを提案し、戦争回避を目指します。
結局、乙案の中の譲歩部分が米国に伝えられず、その後、米国による強硬なハル・ノートが出される中で、乙案が実現することはなかったわけですが、上記の記事では、研究者のコメントとして、乙案が完全に提示され12月の開戦が回避されることで、日米開戦自体が避けられていた可能性もあった、とされています。歴史に「もし(if)」はない、と言いますが、何とか開戦は避けてほしかったところです。
人としての重大局面への臨み方には、いろいろなものがありますが、嶋田海相のような臨み方は最低かそれに近いものであり、やはり、東郷外相のような臨み方こそ、自分が目指すべきものではないか、と強く感じました。

仕事してるぞ簡裁判事、大アマ弁護士を一喝

http://www.nikkansports.com/general/asozan/top-asozan.html

弁護人 「情状ですが、被害品は被害店に戻っており(中略)、今後は塗装業の仕事に就くことを約束しております。(中略)弁護人としましては、被告人を罰金刑にしていただきたいと思います」

と述べたのです。裁判官が最後にあんなに厳しい質問を投げかけたのに、と思っていると、裁判官が弁論に対して意見です。

裁判官 「あのね、弁護人ね。弁論はお受けしますけどね、罰金刑のすぐ後に同じ犯行で罰金刑の選択はありませんよ。現実にありえないのを言うのはねぇ。本人のためにもよくありませんよ」

窃盗で罰金刑を受けた後、程なく、再犯に及び、売却目的で本を100冊ほど盗んで捕まった、という事案のようです。検察官の求刑は懲役1年6月ということで、やや重いような気もしますが、前科、動機や態様の悪さを考えると、やむをえないかな、という印象ですね。今回は執行猶予付きの懲役刑、というところでしょう。
この流れで、「罰金刑に」というのは、確かに、流れが読めていない、という気はします。一種のKYとも言えるかもしれません。どうしても罰金刑に、ということが言いたいのであれば、その点を言った上で、「それが難しい場合は、執行猶予付きの判決を」と言っておくべきだったように思います。
できるだけ軽く、と言いたいのが、上記のような弁論ですが、あまりにも予想される量刑からかけはなれていると、かえって逆効果、ということもあり、よく考えて論じる必要がある、ということでしょう。