戦線拡大に出た特捜 原因は「裁判所の仕打ちだ」 ゴーン前会長:朝日新聞デジタル
「特別背任は、20日の地裁決定まではやらなくてもいいと思っていた。だが今はやるべきだと思っている」
特別背任事件というのは、特に本件のような複雑性のあるものは、20日に勾留延長請求が却下されたからといって、慌てて逮捕状を請求して翌21日に逮捕できるような単純なものではありませんから、少なくとも、特捜部としては、今年末に、有価証券報告書虚偽記載で追起訴しておいて、年明け早々にも特別背任罪で再逮捕を目論んでいたのでしょう。勾留延長請求が却下されて、捜査スケジュールを前倒ししたと見るのが、自然かつ合理的です。
特捜部は特捜部だけの判断で動いているわけではなく、東京高検、最高検へ報告し、その指揮を受け、決裁に基づいて事件を処理します。特捜部が積極方針でも、上では慎重論が出ることがあります。それは、「事件として無理がある、立証が難しい」というだけでなく、「立証はできるがリスクもある、そこまで無理にやらなくてもいいだろう」、あるいは、「被疑者をそこまで追い込むことはないのではないか」といったものであることもあります。知能犯の場合、起訴価値を含め、様々な要素があり、やる、やらないについて、検察部内でも意見が分かれることがありますし、それが深刻な対立へと発展することもあります(抗議して辞職、という例もあるくらいです)。
最終的に、やる、ということで検察の方針が決まっていますから、上記のような、「事件として無理がある、立証が難しい」というより、「立証はできるがリスクもある、そこまでやらなくてもいいだろう」「被疑者をそこまで追い込むことはないのではないか」という慎重論が一部に出ていたのが、延長請求却下という事態の中で、一気に、やる方向で決まったのではないかと私は推測しています。それが、記事にある「特別背任は、20日の地裁決定まではやらなくてもいいと思っていた。だが今はやるべきだと思っている」という言葉に現れているのではないでしょうか。
身柄の勾留、延長に対して、被疑者、弁護人が抵抗するのは当然のことです。ただ、当然のことをしたことで、常に必ず良い方向で物事が進むとは限りません。延長請求が、せめて今月28日(官公庁の仕事納めの日)まで認められ、追起訴がされて、有価証券報告書虚偽記載の捜査は終結ということになれば、部内の慎重論に沿って、特別背任はやらないということになったかもしれません。特捜部には大きな不満が残ることになっても、有価証券報告書虚偽記載で起訴できたから十分ではないか、ということで捜査全体が終結した可能性はあると思います。
一時、報道で、有価証券報告書虚偽記載は単なる形式犯ではなくそれだけでも事件としてやる意味が十分あった、といった報道が一部に出ていたのは、検察部内の慎重論が、そういった形で報道となって出ていたと見るのが自然かつ合理的でしょう。
「立証が難しい」という意見が検察部内で大勢を占めていれば、勾留延長が却下されようが、身柄の保釈へとつながろうが、無理な立件をやって検察に得なことは何もありませんから、そういうことではなかったと見るべきです(そもそも「有価証券報告書虚偽記載は単なる形式犯ではなくそれだけでも事件としてやる意味が十分あった」という一種の提灯記事が流れてもいたわけですし)。
事件をやる、やらないというのは、微妙な力関係などにより決まる側面があり、ゴーン氏にとっては運命が厳しい方向へと変転しつつあるのかもしれません。もちろん、有罪、無罪は公判で決まることであり、特捜部が着手したから有罪とは決めつけられませんが。