所得税法違反裁判:証券会社元部長に無罪判決 東京地裁

http://mainichi.jp/select/news/20130301k0000e040215000c.html

元部長は賞与として受け取った親会社「クレディ・スイス」の株を売却したが、06、07年分の所得約3億4800万円を申告せず、所得税約1億3200万円を免れたとして11年12月に在宅起訴された。捜査段階から「給与天引きで納税していると思っていた」と否認し、公判では脱税の故意が争点となった。
判決は06年分の確定申告について「株式報酬の仕組みは複雑で、それまでも多額の報酬を得ていた」と指摘し、申告額と実際の収入額との差額に気づいていたか疑問が残ると判断。税理士に依頼した07年分申告も「(元部長が)確定申告書記載の額を認識していたか疑問」と述べた。

私自身、検察庁に勤務していた当時は、脱税事件を主任検事として捜査したことがあり、東京地検特捜部の脱税事件捜査に駆り出されて応援に入ったこともあって、それなりに経験はあるのですが、よくわからないのが、国税局が調査、査察を行い告発の意向を持つ事件については、検察と国税の間で、告発要否勘案協議会というものが持たれ、検察側でも、それまでの調査結果に基づいて、これは起訴できる、という確固たる見通しの下に告発を受けることを了承し、告発を受けていて、上記のような、故意の問題で水掛け論状態になっているような事件(今後、無罪で確定するかどうかはわかりませんが、確固たる証拠があれば東京地裁で無罪は出ないでしょう)を、なぜ勘協で受けたのか、ということです。いきなり勘協を開くわけではなく、それは一種のセレモニーで、それまでに、国税側と検察庁の担当検事(東京地検特捜部であれば財政経済班の検事や副部長)が、事前に、国税の担当者から資料の提供を受け慎重に検討して、告発を受けられる、という判断に至っているからこそ受けているわけで、故意の問題については、こういった税金の事件では、その時点より後に証拠構造が変わるようなものではないため、告発を受けた際の検察庁側の判断に、致命的な問題があったとしか考えられません。
勘協を経て告発を受けた事件で、過去に不起訴になった事件もありますが(少なくとも私は1件、聞いたことがあります)、極めてごくわずかであることは事実です。事実上、検察が国税に、起訴すると言質を与えているようなところはあって、不起訴にはしにくいものではありますが、起訴して有罪になるということに問題があれば、不起訴にすべきで、本件についても、起訴時の証拠評価がどうなっていたのか、疑問は大きく残るでしょう。
元々、特捜部の中にある、「特殊直告」と「財政経済」という二本柱のうち、脱税事件等を取り扱う財政経済は、華々しい、社会の注目を集める事件を捜査する特殊直告に対し、地味な面があり特捜部の中ではやや日陰者的なところがあって、部内でも軽く見られている面が、従来はありました。それでも、過去には、税金事件に精通したエキスパートの検事が、検察内でも有名な存在としてその時々でいて、捜査、公判をリードする存在であった、という歴史があります。そういった良き伝統が、どうも、最近は継承されず崩れてきているようであり(数年前に、東京地検特捜部の財政経済班が未済の脱税事件を何件も抱え込んでしまい処理できなくなって停滞し、かなり問題になった、という話も聞きました)、上記の無罪事件は、そういった弱体化の現れではないか、ということを強く感じさせるものがあります。
検察の足腰、というものが、かなり弱くなってきていて、従来は対応できていたものにも対応できなくなってきている、ということなのかもしれません。その先にあるものは、一体、何でしょうか。