検察官視点の刑事手続概論(その1・「検察官司法」)

連載第1回は、検察官が果たしている機能から。

検事から弁護士になって刑事事件を取り扱うようになって、慣れるまでは、得られる情報がかなり少なく限られて、真相に迫ることの難しさを痛感したものだった。また、様々な関係者から相談を受けアドバイスをしながら事件に取り組んでいたのが、そうではなくなった寂しさも感じた。無論、弁護士でなければつかめない真相もあり、弁護士が果たすべき役割にも大きいものがあるが、弁護士とは比べものにならないほど、検察官の下に入ってくる情報は圧倒的に多いし、その果たしている機能は大きい。
意外と知られていないが、警察が事件を検察庁に送致・送付(マスコミ的には「送検」と言われることが多い)する前から、事件相談という形で検察官が警察から相談を受けアドバイスをすることは、事件の重大性が高いほどよくされている。警察としては、事件として起訴されないものに余計な手間暇をかけたくないし、起訴される見込みがあれば起訴されるような法律構成、証拠収集で臨みたいと考えるものである。逮捕は警察の権限でできても勾留するのは検察官しかできないので、検察官の理解を得ておかないと勾留はつかない。そこで、何かにつけて検察庁へ相談に来るということになりがちである。検察庁によって窓口の設け方は一律ではないが、地方の検察庁では、重大事件については3席検事(検事正、次席検事に次ぐナンバー3の検事)が対応するのが通常で、係検事(事件のジャンルごとに担当検事が決まっている、暴力係、風紀係など)や、警察署によって担当検事を決めて窓口にしていることもある。警察以外の、例えば海上保安庁自衛隊などの組織も事件により警察と同様の捜査機関として動く場合もあるし、脱税事件では国税当局が動く関係で検察庁とは緊密な関係にある。こうして、検察官の手元には様々な情報が集まり(公判に出るのはその一部でしかない)、足りないと思えば与えられた捜査権限を駆使して自ら、あるいは警察等に依頼して収集して(この権限が弁護士とは大きく異なる)、真相解明を目指すことができる。
起訴、不起訴を決定するのは検察官で、起訴に当たっては有罪になる高度の蓋然性があることを求めるものなので、その時点で、裁判官的な視点で事件を見ることになるし、ここが綿密に行われれば行われるほど有罪になる可能性は高くなる。最近になって無罪率がやや上がってきているとはいえ、依然として起訴された事件の有罪率は相当高い大きな理由は、やはりここにある。検察官が圧倒的な情報量で捜査に関与、従事しているのに対して、令状裁判官は限られた事件記録をなぞる形でしか事件を見ることができず、令状審査は形式化、形骸化する傾向にならざるを得ず、そこは繰り返し批判されているところでもある(批判は当たっているが、そもそもの令状審査の構造自体にも問題がある)。
このように、日本の刑事司法は、その特徴として「検察官司法」と言われるような側面を確かに持っている。そうであるからこそ、独善に陥りやすく、誤りを容易に認めず一旦下した判断に固執しがちにもなる。

弁護士(東京弁護士会)。昭和39年広島県生まれ。修道高校卒業まで海田町で育つ。昭和61年司法試験合格(司法修習41期)。平成元年検事任官。東京地検公安部等に勤務し平成12年退官。IT企業勤務を経て現在に至る。東海大学法科大学院特任教授。

こちらではプラスアルファが読めます(初月無料)。
弁護士落合洋司東京弁護士会)の「日々是好日」メルマガ
http://www.mag2.com/m/P0008137.html
(これまでの記事)
検察官視点の刑事手続概論(連載を開始するにあたり)
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20160108#1452259397