http://www.nikkei.com/article/DGXLZO98077250V00C16A3000000/?n_cid=kobetsu
争点の自白の任意性を巡る審理も始まり、検察側は「自分の意思で自由に話し、検察官に違法な言動はなかった」と説明。弁護側は「強要された」と主張し、取り調べで警察官に平手打ちされてけがをしたと指摘した。
被告は商標法違反事件で勾留中の14年2月18日、吉田有希ちゃん(当時7)殺害を初めて自白したが、その後、連れ去りは認めるなど供述を変遷させた。同年6月に再び殺害を認めたが、殺人罪で起訴された後の同年12月には殺害したのは第三者と主張した。
被告は「警察官に『否認すれば死刑になるかもしれない』などと言われ、頭がいっぱいだった」と説明。拉致などを認めれば有罪でも刑が軽くなると考えたという。
私自身、検察庁勤務当時、取調べで、否認している被疑者を自白させたことが複数回ありますが、否認→自白と転じて、転じた時点で全面的に真実を語るケースはかなり少ないものです。それが真犯人による自白であったとしても、都合の悪いことはできるだけ隠しておきたいとか、どうしても言いにくいとか、そういった慮り故に正確でない自白を当初はしていて、その後、徐々に真相を語ることも多いものです。変遷する自白について、変遷しているから、即、信用できないと決めつけられないのもそういう面があるからで、変遷について合理的理由があったかどうか、取調官による不当な影響が及んでいなかったなど様々な観点で慎重に見る必要があります。
その際に、決定的に限界があるのは取調べが可視化されず「密室」で行われてていることで、従来は、それ故に取調べた側、された側の水掛け論になりがちで、なかなか取調べの真相が見えにくいものでした。そうであるからこそ、取調べの可視化、特に全面可視化が必要になるわけですが、上記の事件では、可視化されていなかった取調べもあるようで、裁判所、特に裁判員の負担はかなり大きいのではないかと推察されます。