http://mainichi.jp/select/news/20130927k0000e040157000c.html
判決はまず、事故当時、曲線へのATS整備は法令で義務付けられていなかったと指摘。その上で「ATSが整備される曲線が必ずしも脱線の危険性があるものではなく、ATSの投資決定に関わった経営会議や取締役会の資料でも、曲線への整備を明記したものはなかった」と述べ、3被告の現場カーブへの具体的な危険性認識を否定した。
また、検察官役の指定弁護士が曲線の危険性を認識できた先例としたJR函館線脱線事故などについて、判決は「下り勾配での事故だった」と同種性を否定。「この事故を契機に曲線へのATS整備を検討した事業者はいなかった」と指摘した。
現場カーブの半径半減工事については、判決は「半径300メートルの曲線自体は珍しいものではない」と指摘したうえで「経営幹部は、半径や制限速度など現場カーブの危険性を認識する具体的な機会はなかった」と述べ「被告らは本件曲線に着目したことがなく、運転士がブレーキ操作を誤って著しく速度超過した場合、脱線事故につながるおそれがあるという具体的な認識はなかった」とした。
1997年3月のダイヤ改正についても「経営幹部は具体的な列車ダイヤを検討することはなかった」とし、「被告らが快速列車の増発を認識していたとしても、それだけで脱線の危険性の認識にはつながらない」と結論づけた。
予見可能性の判断焦点=JR西前社長、11日に判決―福知山線脱線事故・神戸地裁
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20120109#1326096522
宝塚線脱線事故、JR西・前社長に無罪判決 神戸地裁
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20120112#1326336999
JR西前社長、無罪確定へ 福知山線脱線 検察、控訴を断念
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20120125#1327456774
控訴断念 地検が遺族らに説明会 尼崎JR脱線
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20120204#1328366743
でもコメントしたことがあるように、先に起訴された元鉄道本部長(その後社長)に対し、無罪判決が宣告され、確定していて、注意義務を考える上で、鉄道本部長よりもさらに遠い、間接的な立場にある元社長らの注意義務違反、過失を認定することは到底困難であろう、と思われていたものですが、結論は、やはり無罪でしたね。上記の記事で紹介されている無罪の理由を読んでいても、これでは、現行の刑事過失認定の枠組みの中で過失を認定することはできないだろう、と感じます。
元鉄道本部長の事件に対する、上記の各エントリーのコメントに、私のコメントは尽きていますが、こうした刑事の無罪判決は、あくまで「刑事責任までは問えない」というもので、それ以上でもそれ以下でもなく、当時の関係者の措置が正しかったとか、問題がなかった、などと免罪符を与えるようなものではありません。
第一次的な過失は、暴走した電車の運転手にあったとはいえ、その背景にあったとされるJR西日本の労務管理の在り方や過密すぎるダイヤ編成など、刑事過失とまでは評価できずとも、これがなければ、あれがなければ、事故は防止できたのではないかという要素はいくつも挙げられるのではないかと思います。100名を超える犠牲者の墓標や怪我、後遺症で苦しむ人々、その家族、さらには心ある国民の厳しい視線が、今なお、JR西日本に対して注がれているということを、JR西日本の関係者は忘れてはならないでしょう。JR北海道のずさんな安全管理が今、正に問題になり北海道でJRを利用する人々が危険にさらされている中、無罪判決という結果だけで片付けられないものを改めて強く感じます。