2ちゃん情報流出 「匿名の暴言」が突きつけた闇

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流出被害者が善後策を話し合う掲示板では「性癖が個人情報とともに流出した…どうしよう」「社会的に失うものはそれなりにあるよ。この年までいろいろ努力して築いてきたものが。それを自分の不注意と悪意のある人間によってダメにした」「今更後悔してもしきれない、もう二度とネットに変なことは書かない」といった、後悔と怨嗟(えんさ)の声に満ちている。

今回の流出が突きつけたのは、ネット上に完全な匿名は存在しないという事実の確認はもちろん、人間が匿名を許された場合にどう振る舞うか、それが露見した場合にどんな社会的制裁が降りかかるかという、あまり愉快でない現実だった。

匿名で言える表現、というものもあるので、私は、以前から、匿名だから即いけない、とは考えていないのですが、匿名は悪用されやすく、匿名の長所を生かしつついかにして悪用を排除するかは、悩ましく到達点のない課題です。
匿名、といっても、では完全な匿名性はあるかというと、民事、刑事、特に刑事手続で法令に基づく強制力も利用されることでかなり解明、特定されることはよくあります。そして、従来はほとんど指摘、意識されてきませんでしたが、今回の2ちゃんねるの件のような、事故、ハッキングによる匿名性の崩壊、ということも、現実にあるのだ、ということが明らかになったということでしょう。考えてみると、情報の管理はどこかで人が介在しているわけですから、こうしたことも、可能性は高くはないとはいえ、あり得ることで、あり得るというだけでなく実際に起きているわけですから、今後も起きる可能性は十分あるでしょう。
人間性、信頼、評価というものは、一度、失墜してしまうと、なかなか取り戻せないもので、匿名の陰に隠れて人格を疑わせるような書き込みを繰り返していた、それが露見した場合のダメージには極めて深刻なものがあると思います。使い方を誤ることで、社会的にも致命的なダメージを被りかねない、そういうインターネットの恐ろしさを、この事件は教訓として残したと言えるかもしれません。