求む!体育会系 大阪府警が採用方針を抜本変更 人文・科学の出題取り止め体力測定重視

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121108/lcl12110819260001-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121108/lcl12110819260001-n2.htm

府警は、上下関係などの規律を重んじ、体力もある体育会系は「大歓迎」としており、幹部は「気力、体力、胆力を評価し、犯人にひるまない人物を採用したい」と話している。

「怖い」「人を追及するのが嫌だ」。大阪府警幹部によると、警察学校入校中や現場の第一線に出てから、逮捕などの「権限行使」に恐怖を感じたり、職務質問や捜査で他人を追及すること自体に嫌気をさしたりして辞めていく若者が少なくない。

警察官が源氏物語に詳しかったりしても仕方がない(そういう人がいてはいけないわけではないですが)とは思いますが、上記のようなタイプの警察官ばかりいる警察組織、ということを考えると、不安になってもきますね。警察での失敗例を見ると、力任せに無茶なことをする、安易な考えで無理をする、上下関係を重んじすぎ失敗する、といった、いわゆる「体育会系」が陥りがちな陥穽に思い切り落ちてしまっているケースが多いのではないかと思います。頭の中まで筋肉で一杯、といったタイプの警察官がスタンダードになってしまうと、マイナス面も大きいでしょう。
警察官としての適性に問題がある人物は、採用すべきではないと思いますが、だからといって、ステレオタイプな警察官像を過度に強調して型にはめてしまうのもいかがなものか、という気がします。かつて、私も検察庁で指導係検事をやって、司法修習生の検事としての適性評価をやったことがありますが、司法研修所検察教官室が高く評価してくる司法修習生は、そうした体育会的な人物が多かった印象があります。しかし、そうしたタイプの人物が、例えば特捜部へ続々と所属するようになってどうなったか、を見ると(既に、多々報道されているところから、何が起きたかは多言を要しないでしょう)、型にはまった、硬直的な採用が生み出す弊害、ということを感じます。組織の中には、いろいろなタイプの人物がいたほうがよく、そうあることで、気づかない点に気づく人がいたり、行き過ぎに歯止めがかかったりする、そういうものだと私は思います。