息子2人戦死、面目保てた…乃木大将の手紙発見

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120208-00000678-yom-soci

手紙は1910年7月6日の消印。陸軍時代の部下で、同学園の前身の修道中学校総理(理事長)だった佐藤正に宛てた。乃木も後に学習院院長となり、同じ教育者として交流を深めたという。
手紙では、広島の特産品をもらった礼をつづった後、戦争で跡継ぎの2人の息子を亡くした乃木に養子縁組を勧める佐藤に対し、「小生共一代」と跡継ぎのための養子は考えていないと記した。また、天皇陛下や戦死した将兵の遺族に対し「申譯(もうしわけ)ナク」と謝罪し、息子2人の戦死は「愚父ノ面目ヲ添ヘタル」と、かえって面目を保てたとしている。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」「殉死」に登場する乃木希典像は、作者の批判的な気持ちが強く出たせいか、形式にこだわる無能な軍人、といった色彩が強くなっていますが、この記事で紹介されている手紙に現れているような、人間味、慈悲心あふれる一面というものには、もっと光が当てられてしかるべきではないかという気がします。明治天皇も、そのような乃木大将の資質に、教育者としての適性を見て、乃木大将を学習院長に任命し幼少の昭和天皇の教育を委ねたものでした。
昨年末に放映されていたNHKドラマ「坂の上の雲」では、そういった点がよく出ていて、ドラマ製作にあたりよく取材され練られていると思いましたし、とても共感して観ることができました。もちろん、だからといって、旅順作戦における作戦指導が正当化されるわけではなく、それを最もよくわかっていたのが乃木大将本人でしょう。それも、この手紙でよく知ることができます。
この手紙を、私の母校を運営する修道学園が入手したというのもうれしいことで、展示されたら、是非、見てみたいと思っています。