映画「容疑者室井慎次」の問題点(ネタバレ注意)

先日、本ブログでも紹介したように、この映画、観たところ、エンタテイメントとしてはなかなかおもしろいものがあると思いました。
ただ、ストーリーについて、やや気になる点もありました。それは、主人公の逮捕についてです。
この映画では、東京地検が、取調中に亡くなった警察官の遺族からの告訴(正確には「告発」だと思いますが、細かい点なので措くとして)を受け、室井管理官を刑法上の特別公務員暴行陵虐罪で逮捕・勾留するということが、重要な要素となっています。

(特別公務員暴行陵虐)
第195条 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときは、7年以下の懲役又は禁錮に処する。
2 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をしたときも、前項と同様とする。

まず指摘できるのは、この映画のような展開で取調対象者が亡くなったのであれば、特別公務員暴行陵虐致死罪が検討されるべきであるのに、それが検討された形跡がまったくない、ということでしょう。

(特別公務員職権濫用等致死傷)
第196条 前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

次に指摘できるのは(こちらのほうがより重要ですが)、「暴行陵虐」行為に直接及んだ警察官が特定、逮捕された形跡が何もないに、突如として、上司である室井管理官が、共謀共同正犯として逮捕、勾留されていることです。
通常、共犯事件では、実行行為に及んだ者、生じた結果に対してより近い立場にある者から捜査の対象とし、逮捕・勾留する場合もそのような者から逮捕・勾留して捜査を続け、より上位の立場にある者についての供述等を得て、そのような結果を踏まえた上で、より上位の者(この映画で言えば捜査責任者の室井管理官)へ及ぶのが通常です。そういう手順を踏まえずに、誰がどういう指示を受けて暴行陵虐行為に及んだかといったプロセスも解明しないまま、いきなり上位者を共謀共同正犯で逮捕・勾留しても、この映画で登場する検事のように、取調べの際に被疑者とにらめっこして水掛け論(やった、やっていない)を延々と続けるだけに終わってしまうでしょう。
さらに指摘すれば、検察庁が自ら動いて、しかも、警視庁の管理官のような立場の者を敢えて逮捕・勾留までして捜査を行う以上、起訴できるだけの確実な証拠を確保しているはずです。やってみて駄目なら処分保留で釈放し、不起訴にすればよい、といった安易な方針で身柄事件として着手するということは、通常はあり得ないでしょう。映画を見る限り、そのような確実な証拠に基づいて動いているようには見えず、何を考えて、いきなり管理官を逮捕・勾留したのか、全然わかりませんでした。
この映画を観た人が、検察庁というものがこういうデタラメな捜査を行っているという印象を受けたとすれば、少し残念に思います。