内部告発

小倉先生のブログ

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は、なかなか興味深い内容である。小倉先生の考えと私の考えは、かなり近い部分があるが、少し違うところもある。違いは、私のバックグラウンドに由来するのかもしれない。
私は、11年5か月、検事として働き、その間、一貫して捜査・公判の現場に身を置いていた。今振り返って思うのは、捜査・公判というものは、「内部告発」に支えられ、大きく依存しているということである。
捜査機関が事件の端緒をつかむ場合、何らかの内部告発による場合が少なくない。当初は匿名であっても、どこの誰かがわからない状態では、供述調書も作成できないから、身元を割り出して接触する、という流れになる。なかなか口が重いのを、説得したりしながら、次第に真相が明らかになってゆくというところに持ち込めれば、事件としてモノになって行く。
また、真相が解明されて行く中で、内部協力者、といった人を確保することも重要な場合が多い。腐敗した組織の在り方に疑問を持っている人などを、うまく見つけて協力してもらえれば、真相解明がさらに進むことになる。
ただ、こういった人たちは、弱い立場であることがほとんどで、自分が真実を語っていることを、極力秘匿したがることが圧倒的に多い。捜査機関としては、そういった事情に極力配慮して、例えば、供述調書について、そういった人から聞いた事情をもとに関係者を追及して真相に関する供述を得た後に、日付を遅らせて供述調書を作成したり(先走って供述したことがわからないようにする)することもある。
こういった人について、威力を発揮するのが、検察官調書である。刑事訴訟法を勉強すればわかるように、検察官調書については、供述者が後に異なった供述・証言をしたり、供述・証言を拒否したりした場合、検察官調書作成当時に特信性があれば証拠能力を付与されるという規定がある。取調室で真相を供述できた人が、いろいろなしがらみ等から、公開の法廷で真相を語れない、ということは、私の経験上も確かにある(その点を強調しすぎるのは問題であるとは思うが)。そういった、一種の内部告発者が、法廷で自己弁護を行い、内部告発者として永久に放逐されることを回避しつつ、真相が闇に葬られることにならないための一種の安全弁として検察官調書が機能している面があることは否定できない。
私は、こういった特殊な世界に一時期身を置いていたので、匿名による内部告発の重みというものが痛いほどよくわかるし、匿名を保護する理由や必要がある場合があると強く感じるのである。匿名による無責任な言論、というものを擁護するつもりはないが、意義のある言論の中には、匿名でしかできないものもあると思うし、そういった言論すら排除しかねない理論は、健全な社会を築いて行く上で、危険ではないかと危惧する。
ニクソン大統領を辞任にまで追い込んだウォーターゲート事件における調査報道で、ホワイトハウス内部の内部協力者(いわゆる「ディープスロート」)が果たした役割が大きかったことは有名であるが、そのディープスロートの身元は、現在に至るまで明らかになっていない。この一事を見ても、匿名による内部告発が極めて重要な意義を持つ場合があることや、匿名イコール無責任ではないことがわかると思う。