5人目殺害供述は「うそでした」

http://www.asahi.com/national/update/1122/TKY200611220373.html

被告は「人を殺したと言えば大騒ぎになり、うそをつき通せたとしても、うそがばれたとしても、(いずれにせよ)世間や親族は自分を相手にしなくなるだろう。世間や親族から縁を絶たれることで、現実を受け入れて死にたいと思った」などと話している。

虚偽自白というものが、強制されるだけでなく、自発的にも(言い換えれば任意で)行われる、ということを示す一例でしょう。
任意の自白であれば必ず信用できる、というものではない、ということを、改めて肝に銘じておくべきだと思います。

著名人ブログ争奪戦――広告媒体としてのオフィシャルブログ

http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0611/22/news133.html
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0611/22/news133_2.html
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0611/22/news133_3.html

ブログの集客力というものを巡る大きな動きに関する記事ですが、確かに、ブログが広く読まれるようになれば、こういった動きはますます大きく広がって行くでしょう。
ただ、私を含め、普通の市井のブロガーは、お金とか人気などはあまり気にせず、変な欲は出さずに、マイペースでブログを続けたほうが良いと思います。

「悪意に満ちた捜査手法許せん」

http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20061123-OHT1T00092.htm

被告は、この日の最終意見陳述で「検察が示したシナリオは私の知る事実と全く違うもの。ありもしないマネーロンダリングや脱税などの情報をマスコミにリークして世論を形成するなど、悪意に満ちた捜査手法は今も信じがたい」と腹の中にため込んでいた思いをぶちまけた。

被告は「検察庁が風説を流布し、信用を毀損(きそん)するのは許される行為ではない」。滑舌は悪いながらも、怒りにまかせて一気にまくしたてた。

被告(39)も「私が過ちを犯したのは事実」としながらも「検察側の主張は、事実と大幅に乖離(かいり)している部分がかなりある」と検察側の捜査に強い不満をのぞかせた。

悪意があるかどうかはともかく、捜査を有利に進めるため、情報がほしいマスコミと連携して、特捜部が世論操作を図るということは、昔からささやかれていることですね。また、経済犯罪では、捜査機関が描いたストーリーに沿って、事件が「作り上げられて」行く面がかなりあって、当事者としては、ここは違う、こんなはずではない、といった思いが、強くする場合が多いものです。しかし、作り上げられた部分についても、それなりに証拠がついて行っているものですから、事件の筋自体に間違いがなければ、有罪になるのが通例です。
大切なことは、やはり、コンプライアンスということを徹底して、特捜部だけでなく捜査機関の捜査対象になるような立場にならない、ということでしょう(それが100パーセント徹底されると、私の仕事もなくなってしまいますが)。