http://mainichi.jp/articles/20161027/k00/00e/040/162000c?fm=mnm
三笠宮さまは、1915(大正4)年12月2日、大正天皇の四男として誕生した。幼名は澄宮(すみのみや)。学習院初等科・中等科から陸軍士官学校、陸軍大学校に進んだ。中国派遣軍参謀として南京に赴任したこともあり、終戦時は陸軍少佐だった。
終戦までは陸軍将校として、戦後は研究者として、日本を見つめつつ、日本の陥った、また陥りがちな問題点に、時に警鐘を鳴らしつつの偉大な御生涯であったと思います。
三笠宮殿下の論調には共感を覚えることが多く、その意味でもとても残念で寂しい思いがします。
三笠宮家は3名の男子に恵まれつつも、いずれも既にお亡くなりになり、男系の宮家としての存続が困難であることも残念です。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。