名張毒ぶどう酒事件 奥西死刑囚の再審認めず

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012052502000260.html

差し戻し審の争点は、毒物が当初の自白通りニッカリンTか否かだった。高裁はニッカリンTを再製造し、最新機器で鑑定した。
決定は、ニッカリンTなら含まれるはずの副生成物が「エーテル抽出」という工程の後には検出されなかった点を重視した。
弁護側は、エーテル抽出の前段階では、副生成物が検出されたことから「毒物はニッカリンTではなく別の農薬だ。自白が根底から崩れた」と主張していた。しかし、下山裁判長は、飲み残しのぶどう酒から副生成物が出なかったのは、「(水と化学反応する)加水分解の結果、検出されなかった余地がある」とし、検察側の主張通り「毒物がニッカリンTでなかったとまでは言えない」と認めた。
ただ「加水分解した」との理由は、検察側も主張していない。それでも下山裁判長は、当時の鑑定は事件から二日が過ぎ、出るはずの副生成物が加水分解してほとんど残らなかった、と推論した。

最高裁、再審判断を高裁に差し戻し 名張毒ブドウ酒事件
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20100406#1270528110

で、主に最高裁の判断についてコメントしたことがありますが、最高裁が指摘した争点について、上記のような今回の裁判所による「推論」が、どこまで正しい認定か、ということでしょうね。報道されているところでは、今回の裁判所だけでなく過去にこの事件を担当した裁判所の多くも、「自白」について、信用性が高いと判断しているようで、それなりに具体性や迫真性があるのかもしれませんが、秘密の暴露があるわけでもなく(あれば決め手になっているでしょう)、事件を支えるとされてきた状況証拠(王冠の問題、他に犯行に及ぶことができるものがいたか等)も次々と崩れてきていて、犯行の手段である毒物についてまで、上記のような疑問が呈されるようでは、事件としては既に崩壊の域に達している、というのが、常識的な見方なのではないか、という印象を受けます。
上記のような推論も、決定書は見ていないのですが、報道によると、検察官すら主張していなかったものを裁判所が独自に推論している、とのことで、かなり危ういもの(判断の中身だけなく、そういうことをやってしまう裁判所の在り方)を感じますし、どこを向いて仕事をしているんだ、という、根本的な疑問も感じます。出るはずの副生成物が加水分解してほとんど残らなかった、といったことは、自然科学に素人の裁判所が勝手に推論するような性質のものではなく、そういう認定をするのであれば、その前提として、専門家の専門知識、経験に基づくそのような可能性(単なる可能性ではなく具体的、高度な可能性)の是認や(その点、どういう証拠関係になっているかがよくわからないのですが)、検察官による主張、というものがあって、初めて許されるものでしょう。
今後の特別抗告審で、最高裁が、慎重かつ迅速に検討して、必要があれば事実調べも自ら行って、国民注視のこの事件に対して、人々が納得できる適正な判断を下すべきでしょう。合理的な疑い、ということに、裁判所も謙虚であるべきで、白鳥決定の持つ意味、精神に立ち返って、いたずらに有罪方向、確定判決を維持する方向での辻褄合わせに走るべきではないと思います。