「関白秀次の切腹」

 

関白秀次の切腹

関白秀次の切腹

 

 この本が出版された頃だったと思いますが、著者が主張する、豊臣秀次切腹豊臣秀吉の命によるものではなく自発的なものだったのではないかという説が報道で出ていた記憶があり、印象に残っていました。最近になって、これを通読することができました。

史料を丹念にたどっていて、読むのに結構、時間がかかったのですが、確かに、著者が主張するように、当初は秀次を高野山に幽閉するという趣旨の命令が出ていたのが、一転、切腹という事態になり、しかも、切腹命令とされているものの信憑性にも疑問があって、幽閉という方針と切腹という結果に大きなズレがあります。そこに、秀次の抗議の自発的切腹という可能性を見出そうとする著者の考え方には、一定の説得力があるように感じられました。

ただ、史料に基づくと史料の範囲内でしか考察できませんが、幽閉という「表」の方針の「裏」に、切腹という隠された方針があったのかもしれず、高野山に上った秀次へ使わされた福島正則らの秀次への対応が、史料としては残っていないだけに、著者の考え方とは別の可能性もあるようにも感じられます。あくまで、資料を丹念に分析した上での有力な考え方という位置づけにした上で、秀次事件にはなお大きな謎、闇があると捉えて、新資料による真相解明にも期待する必要があるように、私には感じられます。

司馬遼太郎関ヶ原」の中で、黒田官兵衛が、太閤秀吉の世が終わることを人々が望んでいたと述懐するシーンが出てきますが、そう望んだ大きな理由の1つが、この秀次事件であったことは間違いないでしょう。豊臣家の権力構造や、それが崩壊していく過程を考える上でも、秀次事件は今後も有益な材料を提供してくれる、そういう事件だと、読み終えて感じています。