沈没から74年、戦艦「大和」追悼式=「心から消えることない」と元乗員-広島

沈没から74年、戦艦「大和」追悼式=「心から消えることない」と元乗員-広島(時事通信) - Yahoo!ニュース

 

主催した戦艦大和会会長で元乗組員の広一志さん(95)=同市=は「乗組員も世界一優秀でなければならかなった。年中無休、血のにじむような猛訓練を続けた。散華された方の慰霊と、若い世代への伝承を通じ、平和日本の繁栄と世界平和への貢献が英霊の遺託に応える道だ」とあいさつした。

大和は1945年4月7日、水上特攻で沖縄へ向かう途中、鹿児島県沖で米艦載機の攻撃を受け、沈没した。大和ミュージアムによると、乗員3332人のうち、3056人が艦と運命を共にした。 

 大和については、本ブログでも過去に、

yjochi.hatenadiary.com

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とコメントしたことがあります。

最後の沖縄特攻については、今や「無謀な作戦」という評価が定着していますが、一番上のエントリーでも取り上げた、連合艦隊作戦参謀だった三上氏の

もちろん成功の算が少なかったのは事実です。それは誰が考えても同じだが、敗け戦の中では、あくまで主導権はフリーハンドで敵に握られているわけです。しかし天象海象の状況で、あるいは敵の配備ミスなどで、全然見込みがないとは言えない。それが戦というものです。私は聯合艦隊司令部がやろうとしたことは、それなりの価値があったと思う。三十二軍の総反撃に大和が加わり、航空隊も全力をあげてこれにあたる。あらゆる力を結集して勝利の一点に集中する。そういう行動ならば賛成だ、すなわち“大和出撃やむなし”と、私は思ったわけです。それだけに三十二軍が出なかったところが理解に苦しむところなんです。

という述懐、「あらゆる力を結集して勝利の一点に集中する。」という、その目指したものに、単なる無謀さでは片付けられないものを感じています。

ただ、無理な作戦であったことは事実であり、そのような作戦の犠牲になって戦後の日本の礎になった方々には、深い哀悼の意を表したいと思います。