<認知症男性JR事故死>家族側が逆転勝訴 最高裁

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160301-00000043-mai-soci

民法は、責任能力のない人が第三者に損害を与えた場合、代わりに親などの監督義務者が責任を負うとする一方、監督義務を怠らなければ例外的に免責されると定めている。
1審・名古屋地裁は長男を事実上の監督者と判断し、妻の責任も認定。2人に全額の支払いを命じた。一方、2審・名古屋高裁は長男の監督義務を否定したものの「同居する妻は原則として監督義務を負う」として、妻には約360万円の賠償責任があると判断。JR側と家族側の双方が上告していた。

この問題について、以前、本ブログでコメントしたことがあり、

<特集ワイド>認知症事故と損害賠償 介護現場に衝撃の判決
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20131016#1381925840

その際、

こういった判決が出る背景には、改正前の精神保健福祉法で、監督義務者に代わる保護義務者について「保護者は、精神障害者に治療を受けさせるとともに、精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように監督し、かつ、精神障害者の財産上の利益を保護しなければならない」と規定され、「自傷他害防止監督義務」が含まれていたところ、そのような保護者が民法714条の法定監督義務者にあたるかについて、判例では、法が保護者の自傷他害防止監督義務を明定していること、保護者には医療保護入院の同意権など一定の範囲で精神障害者自傷他害を防止するための実質的な手段が与えられていることを根拠に保護者(扶養義務者も含め)の法定監督義務者性を肯定し損害賠償を命じていて、そのような考え方が通説で、これは、平成11年に精神保健福祉法が改正され自傷他害防止監督義務が削除された後も、裁判例では、改正によってもそのような保護者の民法714条責任自体は否定されない、とされているという事情が存在するようです。
しかし、現在のように、高齢化が進みこういった認知症の人も激増し家族が懸命に介護せざるを得ない、それだけ重い負担を負って共倒れになりかねない、という過酷な状況の中で、しかも、精神保健福祉法で「自傷他害防止監督義務」が削除されているにもかかわらず、保護者に過度に重い義務を負わせるような司法判断には、やはり大きな問題があると言わざるを得ないでしょう。損害な公平な分担、という観点で、微妙な問題にはなりますが、現在の判例が是認している自傷他害防止監督義務に合理的な制限を課さなければ、自宅で認知症のような家族の面倒はとても見られない、ということになってしまいます。それで賠償されない損害は、保険制度、共済制度を活用するなど、別の方法により填補されるようにすべきでしょう。

と述べたのですが、最高裁判決では、

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/714/085714_hanrei.pdf

(1)ア 民法714条1項の規定は,責任無能力者が他人に損害を加えた場合にはその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきものとしているところ,このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止 監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙げられる。しかし,保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は,上記平成11年法律第65号により廃止された(なお,保護者制度そのものが平成25年法律第47号により廃止された。)。また,後見人の禁治産者に対する療養看護義務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配 慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監 督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時において,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当す るということはできない。
民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定しているが,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく,しかも,同居の義務についてはその性質上履行を強制することができないものであり,協力の義務についてはそれ自体抽象的なものである。また,扶助の義務はこれを相手方の生活を自分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると, 同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとする ことはできないというべきである。

と、従来、関連法改正にもかかわらず形式的に肯定されてきていた上記のような立場の者の法定監督義務者性を明確に否定していて、関連法改正にも沿っていて妥当な判断と言えると思います。
最高裁が、具体的妥当性も慎重に考慮しているなと感じたのは、その後に続けて(赤字は落合によるもの)、

もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められ る場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法 714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このよ うな者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用されると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日 第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状 況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活 における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者 の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。

としていることで、今後は、上記のような「特段の事情」「その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者 の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況」があるかどうかがこの種のケースでは問題とされることになります。そのような点が肯定される場合はかなり限定されるはずです。
様々に議論されてきた問題に最高裁の判断が示され、介護者に過度に重い責任を負わせる不合理な法解釈が是正されたことは良かったと感じるものがあります。